・・・いったい監査役というものが単に員に備わるというような役目なのか、それとも実際上の威力を営利事業のうえに持っているものなのかさえ本当に彼にははっきりしていなかった。また彼の耳にはいる父の評判は、営業者の側から言われているものなのか、株主の側か・・・ 有島武郎 「親子」
・・・表三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと彳んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩をする場面である。私は一目見て顔がほてり、胸が躍った。――題も忘れた、いまは朧気であるから何も言うまい。……その・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 制帽の庇の下にものすごく潜める眼光は、機敏と、鋭利と厳酷とを混じたる、異様の光に輝けり。 渠は左右のものを見、上下のものを視むるとき、さらにその顔を動かし、首を掉ることをせざれども、瞳は自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・しかるに、教化というものが第二であり、第一にそれ等の経営者が営利を目的とするとしたら何うでありましょうか。もはや、そこには、教育の精神も教化の精神も、死んでしまったと言わなければなりません。民衆教化の精神を失った芸術は、真の芸術ではない筈で・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・たゞ、正純にして、多感的なる、人生の少年時代を温床となせる児童文学は、どの点より見ても、小型大衆小説にあらず、初歩の恋愛読本にあらず、従って、営利的商品にあらざることは論を俟ちません。また、そうあっていゝ理由がないのであります。 私・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 低いが、豹吉の声は鋭かった。 男はあっと自分の手首を押えた。血が流れていたのだ。 鋭利な刃物が咄嗟に走ったらしかった。走らせたのは豹吉だ。 豹吉はあっけに取られている男の耳へ口を近づけると、「掏るなら、相手を見て仕事し・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・むずかしく言えば一種霊活な批評眼を備えていた人、ありていに言えば天稟の直覚力が鋭利である上に、郷党が不思議がればいよいよ自分もよけいに人の気質、人の運命などに注意して見るようになり、それがおもしろくなり、自慢になり、ついに熟練になったのであ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ ソビエットを守るパルチザンの襲撃は鋭利になりだした。日本の兵士は、寒気のために動作の敏活を失った。むくむくした毛皮の外套を豪猪のようにまんまるくなるまで着こまなければならない。左右の手袋は分厚く重く、紐をつけた財布のように頸から吊るし・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持なく、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ 営利目的の病院ゆえ、あらゆる手段にて患者の退院はばむが、これ、院主、院長、医師、看護婦、看守のはてまで、おのおの天職なりと、きびしく固く信じている様子である。悪の数々、目おおえども、耳ふさげども、壁のすきま、鉄格子の窓、四方八方よ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫