・・・いよいよ食うに困れば、梅田へ行って無心すれば良しと考えていたのだ。 ある日、どうやら梅田へ出掛けたらしかった。帰って来ての話に、無心したところ妹の聟が出て応待したが、話の分らぬ頑固者の上にけちんぼと来ていて、結局鐚一文も出さなかったとし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・敵の射撃は彼の通り猛烈だったからな。好し一つ頭を捻向けて四下の光景を視てやろう。それには丁度先刻しがた眼を覚して例の小草を倒に這降る蟻を視た時、起揚ろうとして仰向に倒けて、伏臥にはならなかったから、勝手が好い。それで此星も、成程な。 や・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・更に深く考えてみると、この縁は貴所の申込が好し先であってもそれは成就せず矢張、細川繁の成功に終わるようになっていたのである、と拙者は信ずるその理由は一に貴所の推測に任かす、富岡先生を十分に知っている貴所には直ぐ解るであろう。 かつ拙者は・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・別に活計に困る訳じゃなし、奢りも致さず、偏屈でもなく、ものはよく分る、男も好し、誰が目にも良い人。そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・古い経文の言葉に、心は巧みなる画師の如し、とございます。何となく思浮めらるる言葉ではござりませぬか。 さてお話し致しますのは、自分が魚釣を楽んでおりました頃、或先輩から承りました御話です。徳川期もまだひどく末にならない時分の事でござ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ここは古昔より女のあることを許さねば、酌するものなどすべて男の児なるもなかなかにきびきびしくて好し。神酒をいただきつつ、酒食のたぐいを那処より得るぞと問うに、酒は此山にて醸せどその他は皆山の下より上すという。人馬の費も少きことにはあらざるべ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 澄之は出た家も好し、上品の若者だったから、人も好い若君と喜び、丹波の国をこの人に進ずることにしたので、澄之はそこで入都した。 ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ジデロー一誦して善しと勧めて更に敷演して一論を完結せしむ。ルーソー其言に従う所謂非開化論なり。 而して先生は古今の記事文中、漢文に於ては史記、邦文では「近松」洋文ではヴォルテールの「シヤル・十二世」を激賞して居た。四・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・悪戯盛りの近所の小娘が、親でも泣かせそうな激しい眼付をして――そのくせ、飛んだ器量好しだが――横手の土塀の方へ隠れて行った。「どうしてこの辺の娘は、こう荒いんだろう。男だか女だか解りゃしない」 こう高瀬は濡縁のところから、垣根越しに・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・一生、結婚できなくとも、母を助け、妹を育て、それだけを生き甲斐として、妹は、私と七つちがいの、ことし二十一になりますけれど、きりょうも良し、だんだんわがままも無くなり、いい子になりかけて来ましたから、この妹に立派な養子を迎えて、そうして私は・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫