・・・ そのうち刀が出来て来たので、伊織はひどく嬉しく思って、あたかも好し八月十五夜に、親しい友達柳原小兵衛等二三人を招いて、刀の披露旁馳走をした。友達は皆刀を褒めた。酒酣になった頃、ふと下島がその席へ来合せた。めったに来ぬ人なので、伊織は金・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・宿とすべき家を問うにふじえやというが善しという。まことは藤井屋なり。主人驚きて簷端傾きたる家の一間払いて居らす。家のつくり、中庭を囲みて四方に低き楼あり。中庭より直に楼に上るべき梯かけたるなど西洋の裏屋の如し。屋背は深き谿に臨めり。竹樹茂り・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ 廿四日、天気好し。隣の客つとめて声高に物語するに打驚きて覚めぬ。何事かと聞けば、衛生と虎列拉との事なり。衛生とは人の命延ぶる学なり、人の命長ければ、人口殖えて食足らず、社会のためには利あるべくもあらず。かつ衛生の業盛になれば、病人あら・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫