・・・が、側へ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣会社と書いたものだった。僕は後から声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。 北・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・「あれは胞衣塚ですね。」「胞衣塚?」「ええ、胞衣を埋めた標に立てる石ですね。」「どうして?」「ちゃんと字のあるのも見えますもの。」 彼女は肩越しにわたしを眺め、ちらりと冷笑に近い表情を示した。「誰でも胞衣をかぶっ・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・昔からの言い伝えでは胞衣を埋めたその上の地面をいちばん最初に通った動物がきらいになるということになっている。なるほど上にあげた小動物はいずれも地面の上を爬行する機会をもっているから、こういう俗説も起こりやすいわけであろうが、この説明は科学的・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それからドレスデンやらエナへ行って後、ワイマールに二時間ばかりとどまって、ゲーテとシラーの家を見ました。ゲーテが死ぬ前に庭の土を取り寄せて皿へ入れて分析しようとしていたら、急に悪くなったのだそうで、書斎の窓の下の高い書架の上に土を入れた皿が・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・その後二十年たってドイツのエナでツァイスの工場を見学したとき、紫外線顕微鏡でこの同じ珪藻の見事な像を蛍光板の上に示されたとき、この幼い記憶が突然甦って来るのを感じたのであった。 十二、三歳の頃ひどくからだが弱くて両親に心配をかけた。その・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫