・・・私は私自身のぶざまに花を咲かせ得る。かつて、排除と反抗は作家修行の第一歩であった。きびしい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそあこがれた。そうして、芸術は枯れてしまった。サンボリスムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。ばかどもは、この・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・不滅ノ真理ハ微笑ンデ教エル、「一長一短。」ケサ、快晴、ハネ起キテ、マコト、スパルタノ愛情、君ノ右頬ヲ二ツ、マタ三ツ、強ク打ツ。他意ナシ。林房雄トイウ名ノ一陣涼風ニソソノカサレ、浮カレテナセル業ニスギズ。トリツク怒濤、実ハ楽シキ小波、スベテ、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ アナタノ小説、友人ヨリ雑誌借リテ読ミマシタガ、アレハ、ツマリ、一言モッテ覆エバ、ドンナコトニナルカ、ト詰問サレルコト再三、ソノタビゴトニ悲シク、一言デ言エルコトナラ、一言デ言イマス、アレハアレダケノモノデ、ホカニ言イ様ゴザイマセヌ、以・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・アリエルというご本を買いに来たのだけれども、もう、いいわ。」 私たちは、師走ちかい東京の街に出た。「大きくなったね。わからなかった。」 やっぱり東京だ。こんな事もある。 私は露店から一袋十円の南京豆を二袋買い、財布をしまって・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いて・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・しかしその平和を得るためには必ずしも異種の民族の特徴を減却しなくてもいいという考えだそうである。ユダヤ民族を集合して国土を立てようというザイオニズムの主張者としてさもありそうな事である。桑木理学博士がかつて彼をベルンに尋ねた時に、東洋は東洋・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・いつかのニュートン祭にやはりこの「エルケーニヒ」か何か歌われたことがあると思うが、そういうときでも先生は、「要するに、やるという事がハウプトザッヘだから……」と言って、決して巧拙のできばえなどは問題にされなかった。 酒も煙草も甘いものも・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・十月頃の晴れた空の下に一望尽る処なき瓦屋根の海を見れば、やたらに突立っている電柱の丸太の浅間しさに呆れながら、とにかく東京は大きな都会であるという事を感じ得るのである。 人家の屋根の上をば山手線の電車が通る。それを越して霞ヶ関、日比谷、・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・お石が来なくなってから彼は一意唯銭を得ることばかり腐心した。其年は雨が順よく降った。彼はいつでも冬季の間に肥料を拵えて枯らして置くことを怠らなかった。西瓜の粒が大きく成るというので彼は秋のうちに溝の底に靡いて居る石菖蒲を泥と一つに掻きあげて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫