・・・何でも奇俊王家郎と称されたと云うから、その風采想うべしである。しかも年は二十になったが、妻はまだ娶っていない。家は門地も正しいし、親譲りの資産も相当にある。詩酒の風流を恣にするには、こんな都合の好い身分はない。 実際また王生は、仲の好い・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・哲学がそれを謳歌し、宗教がそれを賛美し、人間のことはそれで遺憾のないように説いている。 自分は今つくづくとわが子の死に顔を眺め、そうして三日の後この子がどうなるかと思うて、真にわが心の薄弱が情けなくなった。わが生活の虚偽残酷にあきれてし・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ その頃は既に鹿鳴館の欧化時代を過ぎていたが、欧化の余波は当時の新らしい女の運動を惹起した。沼南は当時の政界の新人の領袖として名声藉甚し、キリスト教界の名士としてもまた儕輩に推されていたゆえ、主としてキリスト教側から起された目覚めた女の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・当時の欧化熱の急先鋒たる公伊藤、侯井上はその頃マダ壮齢の男盛りだったから、啻だ国家のための政策ばかりでもなくて、男女の因襲の垣を撤した欧俗社交がテンと面白くて堪らなかったのだろう。搗てて加えて渠らは貴族という条、マダ出来立ての成上りであった・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・今の時代の人々は彼らを謳歌している。そしてかれは今の時代の精神に触れないばかりに、今の時代をののしるばかりにこのありさまに落ちてしまった。『あらためて一つ差し上げましょう、この後永くお交際のできますように、』と自分は杯をさした。かれは黙・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ これは明治維新以来の欧化趨勢の一般的な時潮の中にあったものであり、自覚的には、思想的・文化的水準の低かった日本の学者や、思想家としてはやむをえない状態でもあったのである。 けれどもいつまでもそうあるべきではなく、人生、思想、芸文、・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ もしこれをしも軽んじ、もしくは不感性の娘があるとしたら、それはその化粧法の如く心まで欧化してしまった異邦人の娘である。もう祖国の娘ではない。国土から咲いた花ではない。 どこまでも日本の娘であれ。万葉時代の娘のような色濃き、深き、い・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・姉は島原妹は他国 桜花かや散りぢりに 真鍋博士の夫人は遺言して「自分の骨は埋めずに夫の身の側に置いて下さい」といわれたときく。が博士もまた先ごろ亡くなられた。今は二人の骨は一緒に埋められて、一つの墓石となられたであろう。・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・時代の風潮は遊廓で優待されるのを無上の栄誉と心得て居る、そこで京伝らもやはり同じ感情を有して居る、そこで京伝らの著述を見れば天明前後の社会の堕落さ加減は明らかに写って居ますが、時代はなお徳川氏を謳歌して居るのであります。しかし馬琴は心中に将・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌してずいぶんあばれ廻ったものです。十七世紀と言いますから、いまから三百年ほど前の事ですがね。」と、眉をはね上げてもったいぶる。「こいつらは主として宗教の自由を叫んで、あばれていたらしいで・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫