・・・「あら尊と音なく散りし桜花」という東條英機の芭蕉もじりの発句には、彼の変ることない英雄首領のジェスチュアがうかがわれる。二十五種類の辞句のうちに、ただの一枚も、こころから日本の未来によびかけて、その平和と平安のために美しい、現実的な祝福をあ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ この常識から見れば奇妙な偏りをもった古典文学謳歌の傾向が、ともかく自身のために語り得る場処をもち得ているという可能の条件に就て、自明な情勢はもとよりのこととして、更に文化の面から考察が進められなければなるまいと思う。アカデミックな国文・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・その文学精神が欧化したと云われる日本の純文学は一つのN・R・Fによってどれ程さわがされなければならなかったろう。文学における日本の精神というとき、その専門家である国文学者は俗流孫引きの牽強に対して、常識の抱く疑問を明かにする文化的実力は有し・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・普通の東京住いの市民などは見たことないような桜花爛漫の美を眺めたが、点景人物として映されている日本の女はどれも皆特別仕立ての日本髷と、特別仕立てに誇張された歩きぶりとである。花の中なる花の姿で全篇が終っている。私は身なりよい人々の間にはさま・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・の人々は亀井勝一郎、保田与重郎、中河与一を先頭として「日本精神」の謳歌によって文飾されたファシズム文学を流布した。女詩人深尾須磨子はイタリーへ行って、ムッソリーニとファシズムの讚歌を歌った。私は目白の家で殆ど毎日巣鴨へ面会にゆきながら活ぱつ・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・広場には一本も木がなく正面には三つほどの入口が見えて居て中央の一番大きい入口の左右の二本柱に王家の紋章が彫られて居る。しおれかかった赤い花が一っかたまりその下に植えられて居る。家の壁と石造の四角な煙突に這いかかったつたが赤く光っ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ブランデスは既に彼の卓越した十九世紀文学の研究において、当時のロマンチスト達が、自然を謳歌したことは事実であったが、「彼等の愛する自然はロマンチックな自然であった」ことを洞察している。彼等が「没趣味なもの、俗悪なもの、平俗なものとして斥けた・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 大宅氏は、嘗てのプロレタリア評論家たちが、この問題を自身の問題として真面目にとりあげず、転向謳歌者の驥尾に附している態度を慨歎している。杉山氏は硬骨に、そういう態度に対する軽蔑をその文章の中で示しているのである。 プロレタリア文学・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・等の筆者達は、福沢諭吉を新時代の大選手として、急テンポに欧化し、資本主義化しなければならなかった当時の日本の社会感情の先達となった。自由民権の云われた時代の作物が、今日なお面白く、或る気魄によって読ませるのは、筆者の全生活がかかる社会的現実・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・アメリカからの帰途イタリーのカプリ島により当分そこで静養することにし、一九一三年ロマノフ王家三百年記念の大赦によってロシアにかえるまで八年間カプリに止った。 ところで、非常に一般化されている「どん底」に一言ふれるならば、この作は傑作であ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫