・・・知性の喪失を、梶が謳歌していることに対して、もし、苦しんでいる知識人からの祝詞や花束がおくられると予想すれば、それは贈りての目当てにおいて大いにあやまったものと云わざるを得ない。従来馴致された作家横光の読者といえども、知性を抹殺する知性の遊・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・そういう、日本の面と、能や端午の節句や桜花爛漫を撮影している国際文化振興会などの、日本紹介映画との間に、どういう血が通っているか。否、普通日本人と呼ばれている多数のものの平凡で苦労の多い実生活の裡にこの二面はどんな形で、どんな有機性で渾然と・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・「かかる官府の豹変は平安盛時への復帰とも解釈されるし、また政府の思想的一角が今日、俄かに欧化した」とも云い得るかのようであるが、実際には帝国芸術院が出来ると一緒に忽ち養老院、廃兵院という下馬評が常識のために根をすえてしまった。「新日本文化の・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・この旅行の帰途ゴーリキイは政治的移民として、イタリーのカプリ島に行き、一九一三年ロマノフ王家三百年記念大赦令が出るまで八年間カプリに止ることになった。 イタリーでゴーリキイはレーニンによって高く評価された小説「母」を書き、「オクロフ町」・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・つ社会の推移につれて偶然と努力との結果、次第に地方地主となりさらに押しすすむ時代の波にうたれて一族のある者は封建的な軍閥将軍に、ある者は近代中国資本主義の立役者になり、その孫のある者は急進的な道に進む王家の三代の歴史が、中国の複雑な社会の相・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ ―――――――――――― 荒川にかけ渡した応化橋の袂に一群れは来た。潮汲み女の言った通りに、新しい高札が立っている。書いてある国守の掟も、女の詞にたがわない。 人買いが立ち廻るなら、その人買いの詮議をしたらよさ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・をもって先生は人生の矛盾不調和から眼をそむけたわけではなかった。先生はますます執拗にその矛盾不調和を凝視しなければならなかった。寂しく悲しく苦しかったに相違ない。 それゆえ先生は「生」を謳歌しなかった。生きている事はいたし方のない事実で・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・ 生を謳歌するニイチェの哲学は苦患を愛する事を教うるゆえに尊貴である。 苦患を乗り超えて行こうとする勇気。苦患に焔を煽られる理想の炬火。それのない所に生は栄えないだろう。三 私は痛苦と忍従とを思うごとに、年少のころよ・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
・・・烏は績を謳歌してカアカアと鳴く、ただ願わくば田吾作と八公が身の不運を嘆き命惜しの怨みを呑んで浮世を去った事を永しえに烏には知らさないでいたい。 孝は東洋倫理の根本である、神も人もこれを讃美する。寒夜裸になって氷の上に寝たら鯉までが感心し・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
・・・深山に俗塵を離れて燎乱と咲く桜花が一片散り二片散り清けき谷の流れに浮かびて山をめぐり野を越え茫々たる平野に拡がる。深山桜は初めてありがたい。人の世を超越して宇宙の神秘を直覚したる心霊は衆を化し群を悟らす時初めて完全である。吾人の心は安逸を貪・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫