・・・彼はあしたは長谷や大友と晩飯を共にするつもりだった。こちらにないスコットの油画具やカンヴァスも仕入れるつもりだった。フロイライン・メルレンドルフの演奏会へも顔を出すつもりだった。けれども六十何銭かの前には東京行それ自身さえあきらめなければな・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・見て行き過ぎると、甲が、「今あの店にいたのは大友君じゃアなかッたか?」「僕も、そんな気がした。」「後姿が似ていた、確かに大友だ。」「大友なら宿は大東館だ」「何故?」「僕が大東館を撰んだのは大友君からはなしを聞いたのだ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・大分臼杵という町は、昔大友宗麟の城下で、切支丹渡来時代、セミナリオなどあったという古い処だが、そこに、野上彌生子さんの生家が在る。臼杵川の中州に、別荘があって、今度御好意でそこに御厄介になったが、その別荘が茶室ごのみでなかなかよかった。臼杵・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・右田は大伴家の浪人で、忠利に知行百石で召し抱えられた。四月二十七日に自宅で切腹した。六十四歳である。松野右京の家隷田原勘兵衛が介錯した。野田は天草の家老野田美濃の倅で、切米取りに召し出された。四月二十六日に源覚寺で切腹した。介錯は恵良半衛門・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫