・・・その時、私はずいぶん悲痛な顔をしていたようでしたが、しかし、今になって考えてみると、父は細君が変ると、すぐ家を移ってしまう癖があり、しかもそれがいつも夏だったとは、ずいぶんおかしい気がする。父の夫婦別れの原因はいまもって判らないが、やはり落・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかしおかしいじゃないか、明日の会だというのに……。それにKやAのところへは四五日も前に行ってるそうだぜ。どうしたんだろうね君……?」「そんなこと僕に訊いたって、分りゃせんさ。それに、元来作家なんてものは、すべてこうしたことはいっさい関・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・呼吸はと見ると三十位しか無い「はて、おかしいぞ」と思いましたが、瞳孔を見てやろうにも私は眼が悪くてはっきり解りません。「こりゃ、ヒョットすると今晩かも知れぬ、寝て居るどころでは無い」と、直ぐ家を飛び出して半丁程離れた弟の家へ行き懐中電燈を持・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 模倣というものはおかしいものである。友人の模倣を今度は自分が模倣した。自分に最も近い人の口調はかえって他所から教えられた。自分はその後に続く言葉を言わないでもただ奎吉と言っただけでその時の母の気持を生きいきと蘇えらすことができるように・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「なぜだ、これはおかしい、なぜです。」と加藤号外君、せきこんで詰問に及んだ。「号外から縁がなくなって、君ががっかりしておるところが君の君たるところじゃアないか。」「大いにしかりだ」と自分は賛成する。「それじゃア諸君は少しもが・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ それだのに、やつは、町の者のように華やかな生活をしてみたいと思っているからおかしい。野心も持っとるし、小心でもある。こいつくらい他人のキタないところをいつもかつもさぐっている奴は少ないであろう。自分のキタないところはまるで棚にあげて人・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・ホホホ、なおおかしいよこの人は。」と揶揄ったのは十八九のどこと無く嫌味な女であった。 源三は一向頓着無く、「何云ってるんだ、世話焼め。」と口の中で云い棄てて、またさっさと行き過ぎようとする。圃の中からは一番最初の歌の声が、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・とお初は自分でもおかしいように笑って、やがて袖子と金之助さんの顔を見くらべながら、「こんなに金之助さんは私にばかりついてしまって……袖子さんと金之助さんとは、今日は喧嘩です。」 この「喧嘩」が父さんを笑わせた。 袖子は手持ち無沙汰で・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・その狐の顔がそこの家の若い女房におかしいほどそっくりなので、この近在で評判になった。女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、「ええ、この狐め」「何・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われるような覚えは無え。I can speak English. おれは、夜学へ行ってんだよ。姉さん知ってるかい? 知らねえだろう。おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉く・・・ 太宰治 「I can speak」
出典:青空文庫