・・・ 万歳の声が其那一体――プラットフォームからも、停車場の中からも盛んに起ると間もなく汽車が着いたのでした。其時の混雑と云ったら、とても私の口では云えない、況して私は若子さんと一緒に夢中になって、御兄さんの乗って居らッしゃる列車を探したん・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・凡そ是等の迷は不学無術より起ることなれば、今日男子と女子と比較し孰れか之に迷う者多きやと尋ねて、果して女子に多しとならば、即ち女子に教育少なきが故なり。故に我輩は単に彼等の迷信を咎めずして、其由て来る所の原因を除く為めに、文明の教育を勧むる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・又夫の教訓あらば其命に背く可らず、疑わしきことは夫に問うて其下知に従う可し、夫若し怒るときは恐れて之に従い、諍うて其心に逆う可らずと言う。夫の智徳円満にして教訓することならば固より之に従い、疑わしき事も質問す可きなれども、是等は元来人物の如・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・古語に衣食足りて礼譲興ると言う。婦人に資力なきは喩えば衣食足らざるものゝ如し。父母たる者が之に財産を分与するは、我愛女に衣食を豊にして夫婦の礼を知らしむるの道なりと知る可し。但し婦人に財産を与えても自から之を処理するの法を知らざれば、幾千万・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・感情的お七に理窟的後悔が起る理由がない。火を付けたのは、しようかせまいかと考えてしたのではなく、恋のためには是非ともしなくてはならぬ事をしたものを、なぜにその事についてお七が善いの悪いのというて考えて見ようか。もしそれを考えるほどなら恋は初・・・ 正岡子規 「恋」
・・・友達の前であろうが、知らぬ人の前であろうが、痛い時には、泣く、喚く、怒る、譫言をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。サアこうなって見ると、我ながらあきれたもので、その・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 耕一はやっと怒るのをやめました。そこで又三郎は又お話をつづけました。「ね、その谷の上を行く人たちはね、みんな白いきものを着て一番はじめの人はたいまつを待っていただろう。僕すぐもう行って見たくて行って見たくて仕方なかったんだ。けれど・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ あっちでもこっちでも号令をかける声ラッパのまね、足ぶみの音それからまるでそこら中の鳥も飛びあがるようなどっと起るわらい声、虔十はびっくりしてそっちへ行って見ました。 すると愕ろいたことは学校帰りの子供らが五十人も集って一列になって・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・ かんしゃくが起る。 秋風が身にしみる。「ああああ夜になるのかなあ」と思うと急にあたりに気を配る――午後六時。 宮本百合子 「秋風」
・・・ こう云うのも病気のため、ああ怒るのも痛みのため、お節の日々は、涙と歎息と、信心ばかりであった。 気の荒くなった栄蔵は、要領を得ない医者に口論を吹かける事がある。「一寸も分らん医者はんや、 私はもう貴方の世話んならんとえ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫