・・・ 彼等は、すっかりおさらばを告げて出て行った筈のベッドへまた逆戻りした。大西は、いつもの元気に似ず、がっかりして、ベッドに長くなった。「ほんまに家まで去んでみにゃ、どんなになるか分りゃせん。」 あの封筒に這入ったもの一ツが、梶を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思った時、はっきりあの人を諦めることが出来ました・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・なんでもいい、一刻も早く、人柱にしてもらって、この世からおさらばさせていただき、そうして、できれば、そのことに依って二、三の人のためになりたかった。自分の心の醜さと、肉体の貧しさと、それから、地主の家に生れて労せずして様々の権利を取得してい・・・ 太宰治 「花燭」
・・・この世の中からおさらばしたいというようなことばかり、子供の頃から考えている質でした。 こういう私の性格が私を文学に志さしめた動機となったと云えるでしょう。育った家庭とか肉親とか或いは故郷という概念、そういうものがひどく抜き難く根ざしてい・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・一方口ばかし堅めたって、知らねえ中に、裏口からおさらばをきめられちゃ、いい面の皮だ。」 一同、成程と思案に暮れたが、此の裏穴を捜出す事は、大雪の今、差当り、非常に困難なばかりか寧ろ出来ない相談である。一同は遂にがたがた寒さに顫出す程、長・・・ 永井荷風 「狐」
・・・そこでおさらばと云うわけでございますからね。 男。いかにもおっしゃる通りです。 女。そこでわたくしはこの道を右に参りましょう。あなたは少しの間ここに立って待っていらっしゃって、それから左の方へおいでなさいまし。せっかくお別れをいたす・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫