・・・と枇杷の宿にいすくまって、裏屋根へ来るのさえ、おっかなびっくり、(坊主びっくり貂だから面白い。 が、一夏縁日で、月見草を買って来て、萩の傍へ植えた事がある。夕月に、あの花が露を香わせてぱッと咲くと、いつもこの黄昏には、一時留り餌に騒ぐの・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 酒は手酌が習慣だと言って、やっと御免を蒙ったが、はじめて落着いて、酒量の少い人物の、一銚子を、静に、やがて傾けた頃、屏風の陰から、うかがいうかがい、今度は妙に、おっかなびっくりといった形で入って来て、あらためてまた給仕についたのであっ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・女の子の方ではその強弱をおっかなびっくりに期待するのがおもしろいのらしかった。 強く引くのかと思うと、身体つきだけ強そうにして軽く引っ張る。すると次はいきなり叩きつけられる。次はまた、手を持ったというくらいの軽さで通す。 男の児は小・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ と、母の機嫌を損じないように、おっかなびっくり、ひとりごとのように呟く。 子供が三人。父は家事には全然、無能である。蒲団さえ自分で上げない。そうして、ただもう馬鹿げた冗談ばかり言っている。配給だの、登録だの、そんな事は何も知らない・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・私たちは、いつでもおっかなびっくりで、心の中で卑怯な自問自答を繰りかえし、わずかに窮余のへんてこな申し開きを捏造し、責任をのがれ、遊びの刑罰を避けようと致しますから、ちょっとの遊びもたいへんいやらしく、さもしく、けちくさくなってしまいます。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・いつか、私の高等学校時代からの友人が、おっかなびっくり、或る会合の末席に列していて、いまにこの辺、全部の地区のキャップが来るぞと、まえぶれがあって、その会合に出ているアルバイタアたちでさえ、少し興奮して、ざわめきわたって、或る小地区の代表者・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・何だか落ちつかなくて、おっかなびっくりの気持で、本当に、勿体なくて、むだな事だと思いました。三百円よりも、支那料理よりも、私には、あなたが、この家のお庭に、へちまの棚を作って下さったほうが、どんなに嬉しいかわかりません。八畳間の縁側には、あ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ と今は、おっかなびっくりで尋ねる。「やれば出来るわよ。めんどうくさいからしないだけ。」「お洗濯は?」「バカにしないでよ。私は、どっちかと言えば、きれいずきなほうだわ。」「きれいずき?」 田島はぼう然と、荒涼、悪臭の・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・誰もかれも、おっかなびっくりじゃないか。一も二も無く、僕たちを叱りとばせば、それでいいんだ。大人の癖に、愛だの、理解だのって、甘ったるい事ばかり言って子供の機嫌をとっているじゃないか。いやらしいぞ。」と言い放って、ぷいと顔をそむけた。「・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私も、はにかみながら悪童たちの後について行って、おっかなびっくりテントの中を覗くのだ。努力して、そんな下品な態度を真似るのである。こら! とテントの中で曲馬団の者が呶鳴る。わあと喚声を揚げて子供たちは逃げる。私も真似をして、わあと、てれくさ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
出典:青空文庫