・・・――ああ、下に浅川の叔母さんが来ているぜ。」 賢造の姿が隠れると、洋一には外の雨の音が、急に高くなったような心もちがした。愚図愚図している場合じゃない――そんな事もはっきり感じられた。彼はすぐに立ち上ると、真鍮の手すりに手を触れながら、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・あの日、伯母様の家の一間で、あの人と会った時に、私はたった一目見たばかりで、あの人の心に映っている私の醜さを知ってしまった。あの人は何事もないような顔をして、いろいろ私を唆かすような、やさしい語をかけてくれる。が、一度自分の醜さを知った女の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・稲見の母親はお栄と云って、二三年前の疫病に父母共世を去って以来、この茂作と姉弟二人、もう七十を越した祖母の手に育てられて来たのだそうです。ですから茂作が重病になると、稲見には曽祖母に当る、その切髪の隠居の心配と云うものは、一通りや二通りでは・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・どうかこの姥が一生のお願いでございますから、たとい草木を分けましても、娘の行方をお尋ね下さいまし。何に致せ憎いのは、その多襄丸とか何とか申す、盗人のやつでございます。壻ばかりか、娘までも……… × × ・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・私の眼の前にはお前たちの叔母が母上にとて贈られた薔薇の花が写真の前に置かれている。それにつけて思い出すのは私があの写真を撮ってやった時だ。その時お前たちの中に一番年たけたものが母上の胎に宿っていた。母上は自分でも分らない不思議な望みと恐れと・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・城下金沢より約三里、第一の建場にて、両側の茶店軒を並べ、件のあんころ餅を鬻ぐ……伊勢に名高き、赤福餅、草津のおなじ姥ヶ餅、相似たる類のものなり。 松任にて、いずれも売競うなかに、何某というあんころ、隣国他郷にもその名聞ゆ。ひとりその店に・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・――残ったのは七十に近い祖母と、十ウばかりの弟ばかり。 父は塗師職であった。 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・と、肝を消して、「まあ、小母さん。」 ベソを掻いて、顔を見て、「御免なさい。御免なさい。父さんに言っては可厭だよ。」 と、あわれみを乞いつつ言った。 不気味に凄い、魔の小路だというのに、婦が一人で、湯帰りの捷径を怪ん・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 若い時から、諸所を漂泊った果に、その頃、やっと落着いて、川の裏小路に二階借した小僧の叔母にあたる年寄がある。 水の出盛った二時半頃、裏向の二階の肱掛窓を開けて、立ちもやらず、坐りもあえず、あの峰へ、と山に向って、膝を宙に水を見ると・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「余りそうでもありません。しかしまあ、お庇様、どうにか蚊帳もありますから。」「ほんとに、どんなに辛かったろう、謹さん、貴下。」と優しい顔。「何、私より阿母ですよ。」「伯母さんにも聞きました。伯母さんはまた自分の身がかせになっ・・・ 泉鏡花 「女客」
出典:青空文庫