・・・ お君というその姪、すなわち、そこの娘も、年は十六だが、叔母に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢の前に坐って、目・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・す 八州の草本威風に偃す 驕将敗を取るは車戦に由る 赤壁名と成すは火攻の為めなり 強隣を圧服する果して何の術ぞ 工夫ただ英雄を攪るに在り 『八犬伝』を読むの詩 補 姥雪与四郎・音音乱山何れの処か残燐を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 其処で、私は、眠ている祖母の傍に行って揺って起こそうとした。すると母は、『お前、昼眠をせんで起きているのか、頭に悪いから斯様熱いのに外へは出られんから少し眠て起きれ。』といって、また其儘眠ってしまった。私は、張合が抜けて父の室に行って・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・これにつけて、忘れ難きは、四万八千日の日に、祖母は、毎年のごとく、頭痛持ちの私にお加持をしてもらうべくお寺へつれて行ったのでありますが、そのかえりに寺の前の八百屋でまくわ瓜を買ってくるのを例としたことです。 先年、初夏の頃、水郷を旅行し・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・ すると祖母さんが出てきて、『子供はりくつをいったってわからない。かわいがるもののところへいくものだ。』といわれたのです。おまえたちは、その女の子をだれだと思うの、お母さんなんですよ。このごろ、ちょうが、毎日ゆりの花へくるのを見て、・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・その時女は、私は夫に死に別れ、叔母の所に預けてある九歳になる娘に養育費を送るために、こういう商売をしているのだと言いましたので、非常に気の毒に思いました。十日程たって今度は娘が死んで東京に帰るとの話でしたので、私は一層同情しました。女が上京・・・ 織田作之助 「世相」
・・・寿子にとっては昨日までの叔母が急に継母に変ったわけである。 もとは叔母姪の間柄であったから、さすがに礼子は世の継母のように寿子に辛く当ろうとはしなかった。むしろ、良い母親といってもよかった。 しかし、夫の庄之助が今日この頃のように明・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・郷里の伯母などに催促され、またこの三周忌さえすましておくと当分厄介はないと思い、勇気を出して帰ることにしたのだが、そんな場合のことでいっそう新聞のことが業腹でならなかった。そんなことで、自分はその日酒を飲んではいたが、いくらかヤケくそな気持・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・今年の春伯母といっしょにはるばるとやってきて一泊して行った義母は、夏には両眼失明の上に惨めな死方をした。もう一人の従弟のT君はこの春突然やってきて二晩泊って行ったが、つい二三日前北海道のある市の未決監から封緘葉書のたよりをよこした。 ―・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・妻の村であった。窓から顔を出してみると、プラットホームの乗客の間に背丈の高い妻の父の羽織袴の姿が見え、紋付着た妻も、袴をつけた私の二人の娘たちも見えた。四人は前の方の車に乗った。妻の祖母と総領の嫁さんとは私たちの窓の外へ来て悔みを言った。次・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫