・・・多くの人はこれをもって二つの道を一つの道になしえた努力だと思っている。おめでたいことであるが、誠はそうではない。中庸というものは二つの道以下のものであるかもしれないが、少なくとも二つの道以上のものではない。詭弁である、虚偽である、夢想である・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・トいう訳だけで、ほかに何があったのでも無いのですから、まわり気の苦労はなさらないでいいのですヨ。おめでたいことじゃありませんかネ、ハハハ。」と朗かに笑った。ここの細君は今はもう暗雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・こんなおめでたい席に。」「まあ、いい。」小坂氏は、ふり向いてその写真をちらと見て、「長女の婿でございます。」「おなくなりに?」きっとそうだと思いながらも、そうあらわに質問して、これはいかんと狼狽した。「ええ、でも、」上の姉さんは・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私、文化運動は性に合わず、殊にもプロレタリヤ小説ほど、おめでたいものはないと思っていましたから、学生とは、離れて、穴蔵の仕事ばかりをしていました。いつか、私の高等学校時代からの友人が、おっかなびっくり、或る会合の末席に列していて、いまにこの・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それでまあ、日本でもいよいよこの民主主義という事になりますそうで、おめでたい事と存じていますが、この民主主義のおかげで、男女同権! これ、これが、私の最も関心を有し、かつ久しく待ち望んでいたところのものでございまして、もうこれからは私も誰は・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・その感じはちょうどおめでたい新聞小説と恐ろしい罪悪を主題とした傑作とを読み比べる時のそれとよく似たものである。 私は鳥羽僧正の戯画を見る時に、そこに描かれた動物の群から人間の痴愚をさしつけれれる。北斎漫画を見る時に封建時代の社会の不思議・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・お正月なんて、何がおめでたいんだろう。本当にこういう気持でぐるりを眺めました。 それから数年の間、やはり正月は格別な感じをおこさせずに過ぎましたが、自分としての生活にいろいろの波瀾が生じて、来る一年はどんな内容をもって現れるのか予測もつ・・・ 宮本百合子 「歳々是好年」
・・・ この朝の出来事を書いているとき、作者は帝と中宮とが並んで外を見ていられる様子をただおめでたいことだと言っているばかりである。お仲が睦じくてめでたいという表現で終っている。ところが私たちにはその朝の有様が、もっと含蓄をもって語りかけて来・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫