・・・それで帝展の彫刻から受取るものの総和はむしろやはり一種の怪奇の感だけである。 ここまで書いた時に私はふとあの有名な西郷の銅像や広瀬中佐の群像を想い出した。それと同時に、いつかスイスで某将軍の銅像を真赤に塗りつぶして捕えられ罰金を課せられ・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・今の子供らがおとぎ話の中の化け物に対する感じはほとんどただ空想的な滑稽味あるいは怪奇味だけであって、われわれの子供時代に感じさせられたように頭の頂上から足の爪先まで突き抜けるような鋭い神秘の感じはなくなったらしく見える。これはいった・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・そのうちの一度は夏目先生のたしか七回忌に雑司が谷の墓地でである。大概洋服でなければ羽織袴を着た人たちのなかで芥川君の着流しの姿が目に立った。ひどく憔悴したつやのない青白い顔色をしてほかの人の群れから少し離れて立っていた姿が思い出される。くち・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ハインリヒ・クライの怪奇画からは文明の背後に隠れた災厄の悪魔の呼吸を感じさせられる。バンベリーの「新兵」の絵を見ていれば可笑しいよりは泣きたくなる。ジャン・ヴェヴェーの「銭投げ」を見れば感情と姿勢の対訳を教えられる。そしてそれらは単に見る人・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・ いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫の打ち合せなどを済ました後、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺の由来やら、時頼夫人の開基の事やら、どうしてそんな尼寺へ住むようになった訳やら、いろいろ聞いた。帰る時には玄関ま・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・(徳川をはじめとして諸藩にても新に寺院を開基し、または寺僧を聘 また近時の日本にて、開国以来大に教育の風を改めて人心の変化したるは外国交際の刺衝に原因して、その迅速なること古今世界に無比と称するものなれども、なおかつ三十の星霜を費し、然・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・どうせ悪質な出版をする者はその時々の情勢によって猥褻にもなれば怪奇にもなるのであって、もしひっくるめてそれを取締る法律をつくれというのならば、法律の条文としては「公安を保つ」というような文句が使われやすい。ところが、この「公安」という字は、・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 利にさとい人々は、日本の文化性にあるこの不幸な沈黙とうけみの習慣をとらえて、この国会の会期中、どっさりの反民主的な法案を上程している。そのなかには当然言論出版の官僚統制をもたらす用紙割当事務庁法案があり、ラジオ法案がある。国会の人さえ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・興津彌五右衛門が正徳四年に主人である細川三斎公の十三回忌に、船岡山の麓で切腹した。その殉死の理由は、それから三十年も昔、主命によって長崎に渡り、南蛮渡来の伽羅の香木を買いに行ったとき、本木を買うか末木を買うかという口論から、本木説を固守した・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ただ、九州に来て、線の素直な、簡明な樹幹ばかり眺めていたところへ、いやに動物的にうねくって縺れ合った檳榔樹の体やばさばさふりかぶった葉を見、暗く怪奇な印象を与えられたのは面白い。なるほど、南洋土人が、この樹の下で踊るには、白く塗ったところへ・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫