・・・ 玉川の川原では工兵が架橋演習をやっていた。あまりきらきらする河原には私の捜すような画題はなかったので、川とこれに並行した丘との間の畑地を当てもなく東へ歩いて行った。広い広い桃畑があるが、木はもうみんな葉をふるってしまって、果実を包んだ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・及び鴉等は鳴き叫び風を切りて町へ飛び行くまもなく雪も降り来らむ――今尚、家郷あるものは幸福なるかな。 の初聯で始まる「寂寥」の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・間にして、即ち醜体百戯、芸妓と共に歌舞伎をも見物し小歌浄瑠璃をも聴き、酔余或は花を弄ぶなど淫れに淫れながら、内の婦人は必ず女大学の範囲中に蟄伏して独り静に留守を守るならんと、敢て自から安心してます/\佳境に入るの時間なり。左れば記者が特に婦・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 父母が女子の為めに配偶者を求むるは至極の便利にして、其間に本人の自由を妨ぐることなきに似たれども、今一歩を進むれば社会全体に男女交際法の区域を広くし、之を高尚にし、之を優美にし、所謂和して乱れざるの佳境に進めて自由自在ならしめんこと、我輩・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・すでにこの学に志してようやくこれを勤むる間には、ようやく真理原則の佳境に入り、苦学すなわち精神を楽しましむるの具となりて、いかにしてもこの楽境を脱すべからず。かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・「あああれ工兵の旗だねえ。架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊のかたちが見えないねえ。」 その時向う岸ちかくの少し下流の方で見えない天の川の水がぎらっと光って柱のように高くはねあがりどぉと烈しい音がしました。「発破だよ、発破だよ。」・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 平和が齎されたとき、一つの文化的な記念として戦線から兵士たちが家郷に送った家信集が、是非収録出版されるべきである。今日、所謂高級ではない雑誌に時々のせられているそれらの手紙は、実に読者をうつものをもっている。これらの飾らず、たくまざる・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・拘禁生活をさせられていた人々ばかりでなく、どっさりの人は戦地におくられて、通信の自由でなかった家郷の愛するものの生死からひきはなされて、自分たちの生命の明日を知らされなかった。 きょう読みかえしてみると、日本の戦争進行の程度につれて・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・私どもはその架橋工事に参加する世代としての権利をもっているのである。浮浪児の社会人的教化は決して、感化院の中からの努力だけでは成就されない。それらを包蔵する社会の全面的、根本的前進があってはじめて可能であり、やがて同じ浮浪児でもその発生の社・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・ハフは出獄して、カナダにい、心を入れ更えて家郷への音信を怠りません。彼が、虐待し、早死した妻との間に生れた娘のロザリーは、名づけの祖母を母と呼び、ロンドンで一緒に暮しております。 小さいロザリーは、三度の御飯も皆と一緒に食べるし、褓母や・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫