・・・ 手品、剣舞、幻燈、大神楽――そう云う物ばかりかかっていた寄席は、身動きも出来ないほど大入りだった。二人はしばらく待たされた後、やっと高座には遠い所へ、窮屈な腰を下す事が出来た。彼等がそこへ坐った時、あたりの客は云い合わせたように、丸髷・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーもーしーろーお神楽らしいんでございますの。お、も、しーろし、かしらも、白し、富士の山、麓の霞――峰の白雪。」「それでは、お富士様、お諏訪様がた、お目か・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と咽せて、灰吹を掴んだが間に合わず、火入の灰へぷッと吐くと、むらむらと灰かぐら。「ああ、あの児、障子を一枚開けていな。」 と黒縮緬の袖で払って出家が言った。 宗吉は針の筵を飛上るように、そのもう一枚、肘懸窓の障子を開けると、颯と・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「大神楽!」 と喚いたのが第一番の半畳で。 一人口火を切ったから堪らない。練馬大根と言う、おかめと喚く。雲の内侍と呼ぶ、雨しょぼを踊れ、と怒鳴る。水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈は雷のごとく哄と沸く。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・五 神楽坂路考 これほどの才人であったが、笑名は商売に忙がしかった乎、但しは註文が難かしかった乎して、縁が遠くてイツまでも独身で暮していた。 その頃牛込の神楽坂に榎本という町医があった。毎日門前に商人が店を出したというほ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・中山みき子の『みかぐら歌』であったときさえあるのである。 かような時期においては反復熟読して暗記するばかりに読み味わうべきものである。 一度通読しては二度と手にとらぬ書物のみ書庫にみつることは寂寞である。 自分の職能の専門のため・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・さよかぐら。 とみよしや、おぬゐ。琴。うすごろも。 おりやう。琴。ゆきのあした。 すみ寿。琴。さくらつくし。 おあそ。琴。きりつぼ。 おけふ。琴。こむらさき。 おのみちや、こわさ。さみせん。四きのながめ。・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・欅の樹で囲まれた村の旧家、団欒せる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行ったおりの若々しさが憶い出される。神楽坂の夜の賑いが眼に見える。美しい草花、雑誌店、新刊の書、角を曲がると賑やかな寄席、待合、三味線の音、仇めいた女の声、あのころは楽・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ただこの頃折々牛込の方へ出ると神楽坂上の紙屋の店へ立寄って話し込んでいる事がある。この紙屋というのは竹村君と同郷のもので、主人とは昔中学校で同級に居た事がある。いつか偶然に出くわしてからは通りがかりに声を掛けていたが、この頃では寄るとゆるゆ・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 向うの神楽殿には、ぼんやり五つばかりの提灯がついて、これからおかぐらがはじまるところらしく、てびらがねだけしずかに鳴っておりました。(昌一と亮二は思いながら、しばらくぼんやりそこに立っていました。 そしたら向うのひのきの陰の暗い掛・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
出典:青空文庫