・・・遠音に河鹿鳴く。しばらくして、立ちて、いささかものに驚ける状す。なお窺うよしして、花と葉の茂夫人 人形使 (猿轡のまま蝙蝠傘を横に、縦に十文字に人形を背負い、うしろ手に人形の竹を持ちたる手を、その縄にて縛められつつ出づ。肩を落し、首・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・陰鬱な顔をしている。河鹿のような膚をしている。そいつが毎夜極った時刻に溪から湯へ漬かりに来るのである。プフウ! なんという馬鹿げた空想をしたもんだろう。しかし私はそいつが、別にあたりを見廻すというのでもなく、いかにも毎夜のことのように陰鬱な・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・いい月夜で、川では河鹿が鳴く、山が黒く迫って、瀬の音が淙々と絶えない。燈を消し、月あかりで目前の自然を眺めていると、余り所謂いい景色という型に嵌っていて、素直に心にうけとれない。妙な心持であった。子供の時分、幻燈で白い幕の上に映して見た月夜・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫