・・・どこか底の方に、ぴりっとした冬の分子が潜んでいて、夕日が沈み掛かって、かっと照るような、悲哀を帯びて爽快な処がある。まあ、年増の美人のようなものだね。こんな日にもぐらもちのようになって、内に引っ込んで、本を読んでいるのは、世界は広いが、先ず・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 藁葺きの家が何軒も立ち並んだ一構えが柞の林に囲まれて、それに夕日がかっとさしているところに通りかかった。「まああの美しい紅葉をごらん」と、先に立っていた母が指さして子供に言った。 子供は母の指さす方を見たが、なんとも言わぬので・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ この時ツァウォツキイが昔持っていて、浄火の中に十六年いたうちに、ほとんど消滅した、あらゆる悪い性質が忽然今一度かっと燃え立った。人を怨み世を怨む抑鬱不平の念が潮のように涌いて来た。 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとする・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫