・・・僕が御幣を担ぎ、そを信ずるものは実にこの故である。 僕は一方鬼神力に対しては大なる畏れを有っている。けれどもまた一方観音力の絶大なる加護を信ずる。この故に念々頭々かの観音力を念ずる時んば、例えばいかなる形において鬼神力の現前することがあ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・これが看板で、小屋の正面に、鼠の嫁入に担ぎそうな小さな駕籠の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額に蚯蚓のような横筋を畝らせながら、きょろきょろと、込合う群集を視めて控える……口上言がその出番に、「太夫いの、太夫・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――相棒の肩も広い、年紀も少し少いのは、早や支度をして、駕籠の荷棒を、えッしと担ぎ、片手に――はじめて視た――絵で知ったほぼ想像のつく大きな蓑虫を提げて出て来たのである。「ああ、御苦労様――松明ですか。」「えい、松明でゃ。」「途中、山路で日・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・目笊に一杯、葱のざくざくを添えて、醤油も砂糖も、むきだしに担ぎあげた。お米が烈々と炭を継ぐ。 越の方だが、境の故郷いまわりでは、季節になると、この鶫を珍重すること一通りでない。料理屋が鶫御料理、じぶ、おこのみなどという立看板を軒に掲げる・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・一杯担ぎ損いや。へ、へ、へ……。兄貴をびっくりさせるのはむつかしいわい。う、ふ、ふ……。しかし兄貴はなんでこない何時もびっくりせえへんネやろな。ヒ、ヒ、ヒ……」 実にさまざまな、卑屈な笑いを笑った。「当りきや。そうあっさりと、びっく・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・の興奮から思いついた継母の手伝いの肥料担ぎや林檎の樹の虫取りも、惣治に言われるまでもなく、なるほど自分の柄にはないことのようにも思われだした。「やっぱし弟の食客というところかなあ……」と思うほかなかった。…… 二階の窓ガラス越しに、煙害・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・幸いと冷たき人を担ぎ入るる。兜を脱げば眼さえ氷りて……」「薬を掘り、草を煮るは隠士の常なり。ランスロットを蘇してか」と父は話し半ばに我句を投げ入るる。「よみ返しはしたれ。よみにある人と択ぶ所はあらず。われに帰りたるランスロットはまこ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・若い坊さんが厚い蒲団を十二畳の部屋に担ぎ込む。「郡内か」と聞いたら「太織だ」と答えた。「公のために新調したのだ」と説明がある上は安心して、わがものと心得て、差支なしと考えた故、御免を蒙って寝る。 寝心地はすこぶる嬉しかったが、上に掛ける・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・肺病患者が赤痢の論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担ぎ込んでは勘違になるかも知れない。博士の事はそのくらいにしてただ以上をかい撮・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ 腰を下していた行李を担ぎ上げた。 セコンドメイトは、私が行李を担ぎ上げたので、二足許り歩いた。 私は、行李を運河の中へ、力一杯放り込んだ。「ヘッ、俺等なあ、行李まで瘠せてやがらあ。ボシャッてやがらあ。ドブンとも云わねえや。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
出典:青空文庫