・・・ この半ば家庭のような学校から、高瀬は自分の家の方へ帰って行くと、頼んで置いた鍬が届いていた。塾で体操の教師をしている小山が届けてくれた。小山の家は町の鍛冶屋だ。チョン髷を結った阿爺さんが鍛ってくれたのだ。高瀬はその鉄の目方の可成あるガ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・私も小学校の課程は、北村君と同じ泰明小学校で修めた者だが、北村君よりはその弟の丸山古香君の方を、その時代にはよく覚えている。北村君は方々の私立学校を経て、今の早稲田大学が専門学校と云った時代の、政治科にいた事もあったと聞いた。当時の青年はこ・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・けれども末弟は、大まじめである。家庭内のどんなささやかな紛争にでも、必ず末弟は、ぬっと顔を出し、たのまれもせぬのに思案深げに審判を下して、これには、母をはじめ一家中、閉口している。いきおい末弟は、一家中から敬遠の形である。末弟には、それが不・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・感傷の在りかたが、諦念に到達する過程が、心境の動きが、あきらかに公式化せられています。かならずお手本があるのです。誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来ぬというのは・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・僕は、何ごとも、どっちつかずにして来て、この二年間で法科の課程を三分の一、それも不充分にしか卒えていない。しかも、他に、なにもできないのであった。そういった、アマツール的な気持からは、ただ、太宰治のくるしみを、肉体的に感じてくるばかりで、傍・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・欅の樹で囲まれた村の旧家、団欒せる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行ったおりの若々しさが憶い出される。神楽坂の夜の賑いが眼に見える。美しい草花、雑誌店、新刊の書、角を曲がると賑やかな寄席、待合、三味線の音、仇めいた女の声、あのころは楽・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭におけるユダヤ教の教義との相対的な矛盾――因襲的な独断と独断の背馳が彼の幼い心にどのような反応を起させたか、これも本人に聞いてみたい問題である。 この時代の彼の外観に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・全課程を冒険者や流血者の行列にしないために発明家や発見家も入れてもらいたい。」 歴史の時間の一部を割いて、実際の国家組織に関する事項、社会学や法律なども授けてはどうかという問に対してはむしろ不賛成だと答えている。彼自身個人としては公生活・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ あらゆる方面から来る材料が一つの釜で混ぜられ、こなされて、それからまた新しい一つのものが生れるという過程は、人間の精神界の製作品にもそれに類似した過程のある事を聯想させない訳にはゆかなかった。 そのような聯想から私はふとエマーソン・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・また唇の開きはイからアまで増し、アからウへ向ってまた減ずると仮定する。 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開きをYで表わすとるると、イエアオウと順に発音する場合にXYで表わされる直角坐標図の上の曲線はざっと半円形のようなものになる・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
出典:青空文庫