・・・ 答 彼は目下心霊的厭世主義を樹立し、自活する可否を論じつつあり。しかれどもコレラも黴菌病なりしを知り、すこぶる安堵せるもののごとし。 我ら会員は相次いでナポレオン、孔子、ドストエフスキイ、ダアウィン、クレオパトラ、釈迦、デモステネ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・眦が下って、脂ぎった頬へ、こう……いつでもばらばらとおくれ毛を下げていた。下婢から成上ったとも言うし、妾を直したのだとも云う。実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、長年の狂・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・』 勝手の方で下婢とお婆さんと顔を見合わしてくすくすと笑った。店の方で大きなあくびの声がした。『自分が眠いのだよ。』 五十を五つ六つ越えたらしい小さな老母が煤ぶった被中炉に火を入れながらつぶやいた。 店の障子が風に吹かれてが・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・彼女は、それぞれ試験がすんで帰ってくる坊っちゃん達を迎えに行っている庄屋の下婢や、醤油屋の奥さんや、呉服屋の若旦那やの眼につかぬように、停車場の外に立って息子を待っていた。彼女は、自分の家の地位が低いために、そういう金持の間に伍することが出・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・このごろ新しく雇いいれたわが家の下婢に相違なかった。名前は、記憶してなかった。 ぼんやり下婢の様を見ているうちに、むしゃくしゃして来た。「何をしているのだ。」うす汚い気さえしたのである。 女の子は、ふっと顔を挙げた。真蒼である。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・この母は、怜悧の小さい下婢にも似ている。清潔で、少し冷たい看護婦にも似ている。けれども、そんなんじゃない。軽々しく、形容してはいけない。看護婦だなんて、ばかばかしいことである。これは、やはり絶対に、触れてはならぬもののような気がする。誰にも・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・に死別し、親戚の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい・・・ 太宰治 「竹青」
・・・その一つは夫人、もう一つは当時の下婢の顔を写したものだそうである。前者の口からかたかなで「ケタケタ」という妖魔の笑い声が飛び出した形に書き添えてあるのが特別の興味を引く。 その他にもたとえば「雪女郎」の絵のあるページの片すみに「マツオオ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・科学者流の目で見れば、これも一つの文化的自然現象であって可否の議論を超越したものであるとも考えられる。むしろわれわれはこの現象がどうして発生したかを研究し、またその将来がどうなるであろうかということを考察した上で、これに対する各自の態度を決・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・ これに聯関して起る問題は科学の基礎や方法に関する事柄を初学者に吹き込む事の可否である。中学校で物理学を教える場合に、方則の成立や意義や弱点を暗示するのは却って迷いを生じ誤解を起すという説もある。自分は教育家でないが、ただ自分一己の経験・・・ 寺田寅彦 「方則について」
出典:青空文庫