・・・「おい、戦争がもっと苛烈になって来て、にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。にぎりめし争奪戦参加の権利は放棄するつもりだからね。気の毒だが、お前もその時には子供と一緒に死ぬる覚悟をき・・・ 太宰治 「たずねびと」
序唱 神の焔の苛烈を知れ 苦悩たかきが故に尊からず。これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵の二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇り・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・芸術の尊厳、自我への忠誠、そのような言葉の苛烈が、少しずつ、少しずつ思い出されて、これは一体、どうしたことか。一口で、言えるのではないか。笠井さんは、昨今、通俗にさえ行きづまっているのである。 汽車は、のろのろ歩いている。山の、のぼりに・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・一日、一日、僕には、いまのこの世の中の苛烈が、身にしみる。みじんも、でたらめを許さない。お互い、鵜の目、鷹の目だ。いやなことだ。いやなことだが、仕方がない。」「負けたのよ。あなたは、負けたのよ。」かん高く叫んで、多少、呂律がまわらなかっ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 戦争の年々は、私たちすべてに、苛烈な教訓を与えた。個々の作家の才能だけきりはなしてどんなに評価しても、全般にこうむる文化暴圧に対抗するにはなんの力でもなかったことを、まず学んだ。それにつけても、文筆の活動で生計を立ててゆかなければなら・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・社会生活におけるそのことの必然を認めることさえ罪悪とした軍部の圧力は、若い精神に、この苛烈な運命に面して自分としてのすべてに拘泥することをいさぎよしとせず、それをみにくいことと思わせるほどに成功していた。だから一九四五年以後にこれらの若い精・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・官製の報道員という風な立場における作家が、窮極においては悲惨な大衆である兵士や、その家族の苛烈な運命とは遊離した存在であり、欺瞞の装飾にすぎないことが漠然とながら迫ってきたからであろう。 このことは各人各様に、さまざまの具体的な感銘を通・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 歴史小説において、歴史の時代的な枠としての社会関係を明瞭に意識し、その枠に支配される人間の苛烈な相互関係を現実的に把握せず、枠は枠なりにしてその内での範囲で人間を見てゆけば、作者の近代の心の主観で、それが当時の身分の差に内容づけられな・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・或る生活の中に生じる波瀾かっとうは非常に苛烈であって、異常であるが、それに対する理解が驚くべき見とおしによって貫かれていて、当事者がそれを悲劇以上の把握で捉えて生きぬく場合、それは文学に描かれて悲劇の程度に止っているであろうか。リヤ王なんか・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・著者にそれを自省する力がないならば、せめて読むものとしてわたしたちは、このように非人間で苛烈な生のたたかいが女性の上や子供の上に強いられる戦争そのものこそ絶滅されなければならないと抗議せずにいられない。 東大協同組合出版部から、『きけわ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫