・・・夜露にぬれた道ばたには、高原の秋の花が可憐な色に咲いていた。私はしみじみと秋を感じた。暦ではまだ夏だったが……。 かつて、極めて孤独な時期が私にもあった。ある夜、暗い道を自分の淋しい下駄の音をききながら、歩いていると、いきなり暗がりに木・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ひとはしばらく眼をつぶって、この娘さんの可憐な顔を想像してくれるがよい。 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・ ハッハッ……お梅さんこそ可憐そうなものだ、あの高慢狂気のお蔭で世に出ることが出来ない!」これは明らかに大津法学士の声である。 三人は一度に「ハッハッハッ……」と笑った。富岡老人釣竿を投出してぬッくと起上がった。屹度三人の方を白眼で「大・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ しかしかかる評価とは、かく煙を吐く浅間山は雄大であるとか、すだく虫は可憐であるとかいう評価と同じく、自然的事実に対する評価であって、その責任を問う道徳的評価の名に価するであろうか。ある人格はかく意志決定するということはその人格の必然で・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼の最後の消息がこの可憐な、忠実な動物へのいつくしみの表示をもって終わっているのも余韻嫋々としている。彼の生涯はあくまで詩であった。「みちのほど、べち事候はで池上までつきて候。みちの間、山と申し、河と申し、そこばく大事にて候ひけるを、公・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・その様子が、いかにも可憐だった。雪に接している白い小さい唇が、彼等に何事かを叫びかけそうだった。「殺し合いって、無情なもんだなあ!」 彼等は、ぐっと胸を突かれるような気がした。「おい、俺れゃ、今やっと分った。」と吉原が云った。「・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・…………。」 ユーブカをつけた女は、頸を垂れ、急に改った、つつましやかな、悲しげな表情を浮べて十字を切った。「あいつは、ええ若いものだったんだ!……可憐そうなこった!」 老人は、十字を切って、やわい階段をおりて行った。おりて行き・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにしているうちに、そこにも可憐な秋草の成長を見た。花のさまざま、葉のさまざま、蔓のさまざまを見ても、朝顔はかなり古い草かと思う。蒸暑・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・熱い空気に蒸される林檎の可憐らしい花、その周囲を飛ぶ蜜蜂の楽しい羽音、すべて、見るもの聞くものは回想のなかだちであったのである。其時自分は目を細くして幾度となく若葉の臭を嗅いで、寂しいとも心細いとも名のつけようのない――まあ病人のように弱い・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ 第四 決闘の勝敗の次第をお知らせする前に、この女ふたりが拳銃を構えて対峙した可憐陰惨、また奇妙でもある光景を、白樺の幹の蔭にうずくまって見ている、れいの下等の芸術家の心懐に就いて考えてみたいと思います。私はいま仮にこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫