・・・今日過去の私小説を否定するものとして、社会的な客観小説が提唱されているが、この文学に従来の近代的扮装に身をかくした戯作者風な無批判な行動の追跡に代る真に大衆的と言われるべき内容を与えて行くこと一つでもプロレタリア文学の作品が求められている責・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・もし、現実の多岐な発現が、過去の文学的教養の枠を溢れているので、そんなものは今日の作家にとって無意味であるというならば、では、それに代る他の教養、真に現実を把握し、現実の変転の真の歴史的契機にふれ得るだけの科学的な教養、政治的な教養を身につ・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ こちらの婦人の華美と、果を知らぬ奢沢は、美そのものに憧れるのではなくて、一顆の尊い宝石に代る金を暗示するから厭でございます。 けれども、斯様に、種々の差別を以て生活して居る幾千万かの婦人を透して、持って居る何物かもございます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・余り非人間だった過去の方法に対してその限り反撥し否認したのであって、それに代る自分たちの社会的発言力の構成としての政治形態は、はっきりつかまれていなかった。古い、惨虐な権力を退場させるものは、即ち自分たちインテリゲンツィアをふくむ全人民の進・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・ 失望に代る何か一種の激しい緊張に、彼女は振い立った。 進め! 勇ましく汝の道を行け。心が鬨の声をあげた。そして、彼女の道を遮り行く手を拒むあらゆるものに向って戦いが宣せられたのである。 これから、彼女にはまるで理由の分らなかっ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・には、これまでの詩の華麗流麗な綾に代る人生行路難の暗喩がロマンティックな用語につつまれつつ、はっきり主体をあらわしている。「野路の梅」にも同じ傾きとして、浮薄な世間の毀誉褒貶を憤る心が沁み出ている。これは、『若菜集』によって、俄に盛名をあげ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。 * * * マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣である。・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ もしわれわれが、唯心唯物のいずれかを撰ぶことによって、世界の見方が変るとすれば、われわれの文学的活動に於ける、此の二つの変った見方のいずれが、より新しき文学作品を作るであろうか。 それは少くとも唯物論もしくは唯物論的立場で・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・ そういう漱石が、毎週自分のところに集まってくる十人ぐらいの若い連中――それは毎週少しずつ顔ぶれが変わるのであるから、全体としては数十人あったであろうが――そういう連中の敬愛にこたえ、それぞれに暖かい感じを与えていたということは、並み並・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・それに代わるものは欅の大樹で、戦争以来大分伐り倒されたが、それでもまだ半分ぐらいは残っている。この欅が、少し風のある日には、高い梢の方で一種独特の響きを立てる。しかしそれは松風の音とは大分違う。それをどう言い現わしたらいいか、ちょっと困るが・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫