・・・たとえば、西洋ならばどんな簡易生活でも、こればかりは必要と思われている椅子やテーブルがなくても決してさしつかえない事は多数の日本人に明瞭である。また昔の日本の女になくてかなわなかった髪飾りや帯などは外国の女には無用の長物である。 新聞を・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・またある学者は、まだ一度も三越に行った事がないという事を宣言するのを、その人のある主張を発表する簡易な方法の一つとして選んでいるように思われる。しかし自分のみならず多くの人は、三越に行く事を別に名誉とも恥とも思ってはいまい。 正面の階段・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・従来の徳育法及び現今とても教育上では好んで義務を果す敢為邁往の気象を奨励するようですがこれは道徳上の話で道徳上しかなくてはならぬもしくはしかする方が社会の幸福だと云うまでで、人間活力の示現を観察してその組織の経緯一つを司どる大事実から云えば・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・心理学の講筵でもないのにむずかしい事を申上げるのもいかがと存じますが、必要の個所だけをごく簡易に述べて再び本題に戻るつもりでありますから、しばらく御辛抱を願います。我々の心は絶間なく動いている。あなた方は今私の講演を聴いておいでになる、私は・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・一事に功を奏すれば、したがってまた一事に着手し、次第に進みてやむことなくば、政府の政は日に簡易に赴き、人民の政は月に繁盛をいたし、はじめて民権の確乎たるものをも定立するを得べきなり。余輩、つねに民権を主張し、人民の国政にかかわるべき議論を悦・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・これ犬豕が世を渡るの有様にして、いかにも簡易なりというべし。されども人間が世に居て務むべきの仕事は、斯く簡易なるものにあらず、随分数多くして入り込みたるものなり。 大略これを区別すれば、第一に一身を大切にして健康を保つこと。第二に活計の・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・たとえ、その一部分にてもこれを教えて完全ならしめんとするときは、かえってその人の天資を傷い、活溌敢為の気象を退縮せしめて、結局世に一愚人を増すのみ。今日の実際においてその例少なからず。されば到底この繁多なる事物を教えんとするもでき難きことな・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・しかも、十年前にくらべると、一日のうちに自由時間を一時間半しかもてなくなって来ているこれらの主婦が目にふれ耳にきくのは、アメリカの電化された台所の簡易さである。主婦たちが、いろいろの内容のクラブをつくって有益にたのしく暮すときくが、それはつ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・新宿駅前広場は、城北地区の解散場であったが、そちらの行進の先頭を切ったのは簡易保険局の女子職員で、この間モスクワのメーデーと写真に紹介されたとおり、奇麗な花束を一人一人が抱えて行進した。そして、新協劇団のトラックが劇場人のメーデーらしく、揃・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・ 江戸に出ていても、質素な仲平は極端な簡易生活をしていた。帰り新参で、昌平黌の塾に入る前には、千駄谷にある藩の下邸にいて、その後外桜田の上邸にいたり、増上寺境内の金地院にいたりしたが、いつも自炊である。さていよいよ移住と決心して出てから・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫