・・・“おお秋山さん”“おお長藤君か”二人は感激の手を握り合って四年前の回旧談に耽った。やがて長藤君が秋山君名義で蓄えた貯金通帳を贈れば、秋山君は救ったものが救われるとはこのことだと感激の涙にむせびながら、その通帳を更生記念として発奮を誓ったが、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・中学校と変らぬどころか、安っぽい感激の売出しだ。高等学校へはいっただけでもう何か偉い人間だと思いこんでいるらしいのがばかばかしかった。官立第三高等学校第六十期生などと名刺に印刷している奴を見て、あほらしいより情けなかった。 入学して一月・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 俺には全く、悉くが無感興、無感激の状態なんだな……」斯う自分に呟いた。 幾年か前、彼がまだ独りでいて、斯うした場所を飲み廻りほつき歩いていた時分の生活とても、それは決して今の生活と較べて自由とか幸福とか云う程のものではなかったけれど、・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・動に値いするものだとはけっして考えはしないのだが、第一にあの作には非常な誇張がある、けっして事実のものの記録ではないのだが、それがこの青年囚徒氏に単純な記録として読まれて、作品としての価値以上の一種の感激を与えていたということになると、自分・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・夢多く持て、若き日の感激を失うな。ものごとを物的に考えすぎるな。それは今の諸君の環境でも可能なことであると。私は学生への同情の形で、その平板と無感激とをジャスチファイせんとする多くの学生論、青年論の唯物的傾向を好まぬものだ。夢見ると夢見ぬと・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・深い、一生涯を支配するような感激的印銘も多くそうした読書から得たのである。西田博士の『善の研究』などもそうして読んだ。とぼとぼと瞬く灯の下で活字を追っていると、窓の外を夜遊びして帰った寮生の連中が、「ローベンはよせ」「糞勉強はやめろ」などと・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 避ける間隙も無かった。彼女は以前の夫の方を振向いた。大塚さんはハッと思って、見たような見ないような振をしながら、そのまま急ぎ足に通り過ぎたが、総身電気にでも打たれたように感じた。「おせんさん――」 と彼女の名を口中で呼んで・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・鄭重に取り扱いましょう。感激したからと言って、文章の傍に赤線ひっぱったりなんかは、しないことにしましょう。借りて来た本ですから、大事にしなければなりません。飜訳篇、第十六巻を、ひらいてみましょう。いい短篇小説が、たくさん在ります。目次を見ま・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・結婚に感激を持っていません。てんで問題にしていないんです。ただもう、やたらに天下国家ばかり論じて、そうして私を叱るのです。」「そんな事はあるまい。」先生は落ちついている。「てれているんだろう。大隅君は、うれしい時に限って、不機嫌な顔をす・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私は、安易な隙間隙間をねらって、くぐりぬけて歩いて来た。窮極の問題は、私がいま、なんの生き甲斐も感じていないという事に在ったのでした。生きる事に何も張り合いが無い時には、自殺さえ、出来るものではありません。自殺は、かえって、生きている事に張・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫