・・・ 私は此上ない愛情と打ちまかせた心とで木を見て居るうちに、押えられない感激が染々と心の奥から湧いて、彼の葉の末から彼方に一つ離れて居る一つ葉の端にまで、自分の心が拡がり籠って居る様になって来る。 彼の木は静かである。 私の心も静・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・をひいた。シュレジアの地主と工場主と軍隊が流した織匠の血は、すべての人々の胸のうちに正義の憤りをもえたたせた。後年、ハウプトマンが有名な「織匠」にこの悲劇を描いた。ハウプトマンの「織匠」を観劇して、おさえられない感銘からケーテ・コルヴィッツ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・一晩の観劇に対して、無抵抗に支払うものとしてだけ扱われて来たのである。 ここにも、これまでの日本の封建性と近代資本社会の混合した恐ろしい害悪が現われている。 こういう文化機構であったからこそ、戦争中の日本人民は、あのように侵略思想で・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・・六カペイキコルシュ劇場 一ルーブル十一カペイキオペラ 一ルーブル二十四カペイキ メーデーの翌日、モスクワじゅうの劇場は全職業組合の無料観劇日だ。しかし「大体云ってソヴェトはま・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・この一冊の帳面は全体が観劇日記みたいなものなんだね。 ――ソヴェトでは、歴史の進展が実に速いからね。もう四五年してごらん、芝居だって、きっと随分変るだろうと思うんだ。面白いだろう? ソヴェトを愛する一人の外国の素人が一九二八年から三〇年・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 娯楽設備一年二回観劇。改造さえよめぬ。労救に関係出来ぬ。横浜ドック 従業員二千人。ギマン政策として日給三円以上は二十銭、二円以上十銭、二円以下六銭のね上げをしたが、日給を時間制にしたので、仕事がないと一文にもならぬ。・・・ 宮本百合子 「大衆闘争についてのノート」
・・・忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟して、将軍に睡壺を撃砕する底の感激を起さしめたのである。畑はこの時から浪花節の愛好者となり浪花節語りの保護者とな・・・ 森鴎外 「余興」
・・・並みはずれた感激に対する熱情もようやく醒めて来た。ここにニイチェのいわゆる Die Trene gegen die Vorzeit が萌す。 ついに彼女は偉大なる芸術の伝統に対する Heimweh を起こした。古来の芸術の手法を恋い初め・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・ 古い連中と新しい連中との間には、年齢から言っても六、七年、あるいは十年に近い間隙があったし、また漱石との交わりの歴史も違っていた。古い連中は相当露骨に反抗的態度を見せたが、新しい連中にはそういうことはできなかったし、またしようとする気・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫