・・・けれども詩人のトックには親しみを感じていましたから、さっそく本屋の店へ駆けつけ、トックの幽霊に関する記事やトックの幽霊の写真の出ている新聞や雑誌を買ってきました。なるほどそれらの写真を見ると、どこかトックらしい河童が一匹、老若男女の河童の後・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・彼及び彼の弟子たちは皆その法名に冠するに日の字をもってし、それはわれらの祖国の国号の「日本」の日であることが意識せられていた。彼は外房州の「日本で最も早く、最も旺んなる太平洋の日の出」を見つつ育ち、清澄山の山頂で、同じ日の出に向かって、彼の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 一人にしてその二を兼ぬる人ははなはだまれである、これを具備した人にして始めて碩学の名を冠するに足らんか。 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・故に上士の常に心を関するところは、尊卑階級のことに在り。この一事においては、往々事情に適せずして有害無益なるものあり。誓えば藩政の改革とて、藩士一般に倹約を命ずることあり。この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・これらの人々に新聞社は、講和問題に関するアンケートなどもおくっている。『読売新聞』の集めた範囲で作家たちの答えは全面講和の要求だった。 批評家は、一九四九年のこの錯雑混沌とした文学と文学者のありように対して、どうして、ただ押しまくられて・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・私は思う、我々の意志の関する限りにおいては恐らくそれは我々の性格から来るだろう。「性格は運命だ。」我々はこの運命を脱れることができない。「あの時ああすればこうはならなかった」という運命への反撥心は、要するに事実において自己の性格に対する・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・ 真に価値ある苦しみはただ根にのみ関する。大きい根から美しい花の咲かないことはあっても枯れかかった根から美しい花の咲くことは決してあり得ない。根の枯れるのを閑却して、ただ花のみ咲かせようとあせる人ほど、ばかげた哀れなものはないだろう。・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫