・・・私のために、出来る丈快く、出来るだけ閑静にと考えて建てられた場所は、彼にもそのプリブレージを味わせて充分潔よいものであると信じて居たのである。 けれども、十五日も経つと、自分は、期待に反した苦痛を味わなければならないのを知り始めた。非常・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・父とロンドンの生活とにまだその頃は在った閑静さ。 書簡註。おおこれは又何たる古典的「もうとるかあ!」燃えるような落日に森が黒い帯と連っている路を一人の美人が「もうとるかあ」を操縦して馳けている。坐席がびっくりする程高い・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・まして、ゴーリキイのようにロシアの民衆の一人として全く生活的な発展をとげて来ている作家、しかもその作家的気質の主な傾向は感性的な作家である場合、当時の波瀾極りなきロシアの建設の現実、その気分、その亢奮から遠のいていたことは、作家としてゴーリ・・・ 宮本百合子 「長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ」
・・・そして、いわゆる文化面といっても朝鮮人民の言葉と思想感性のおのずから主張される文学よりも、歌や踊りへよりたやすい才能のはけくちを与えた。軍国主義時代の日本の文壇的な存在として成功するためにはよつんばいにでもなるといったと語りつたえられた張赫・・・ 宮本百合子 「手づくりながら」
・・・成程、車庫は白服でつまってそのまわりはなめたように閑静だし、罷業団は職場以外のそれぞれのところに塊まって気勢をあげている。その状態を、見事な双方の統制というのかもしれぬけれど、どの電車の内、停留場にでも貼られているのは、電気局の儀式ばった印・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・美術館の横手をのぼって、博物館前を上野の見晴しの方へ通じるこの大通りは、東京の風景がこんなに変った今もやはりもととあまり違わない閑静さをたもっている。美術学校の左側の塀を越して、紅葉した黄櫨の枝がさし出ている。初冬の午後の日光に、これがほん・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ 雨あがりだから、おっとりした関西風の町並、名物の甃道は殊更歩くに快い。樟の若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑の裡へ登りつめてゆく心持。長崎独特の趣きがある。実際、長崎という市は、い・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・芸術のこととして、また純正な絵画の美を少女たちの感性に高め導いてゆくためにああいう絵が何かの価値をもっているかと云えば、それは決して積極的な意義はもっていないと思える。渡辺与平、竹久夢二などがその時代の日本の空気のもっていた女の解放へ目をむ・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・が日本の心の窮極にあるというよりは、どこまでも感性にふれる形象をとおしてのみ芭蕉の象徴があったという点こそ、彼の芸術が中国にも印度にも無いものである所ではなかろうか。芭蕉には実に微妙複雑な象徴はあるが、抽象はない。少くとも彼の完成した後の芸・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・が官製翻訳され、文化上の偉い婦人作家といえば紫式部にきまったもののように扱われていたということに、却って、日本の文化がどんなに創造力を失い、圧しつけられ、文化史としての新しい頁を空白にされていたかという、重大な文化上の問題があらわれているの・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
出典:青空文庫