・・・寺田は京都生れで、中学校も京都A中、高等学校も三高、京都帝大の史学科を出ると母校のA中の歴史の教師になったという男にあり勝ちな、小心な律義者で、病毒に感染することを惧れたのと遊興費が惜しくて、宮川町へも祇園へも行ったことがないというくらいだ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・しかも坂田がこの詞を観戦記者に語ったのは、そのような永年の妻子の苦労や坂田自身の棋士としての運命を懸けた一生一代の対局の最中であった。一生苦労しつづけて死んだ細君の代りに、せめてもに娘にこれが父親の自分が遺すことの出来る唯一の遺産だといって・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・そしてその感染性とわれわれの人格教養の血肉となり、滋養となり、霊感とさえもなる力もまた文芸の作品に劣るものではない。ただ文芸には文芸の約束があり、倫理学にはその特殊の約束があるのみである。カントの道徳哲学を読んで人間理性の自律の崇高感に打た・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼の熱情は群衆に感染して、克服しつつ、彼の街頭宣伝は首都における一つの「事件」となってきた。 既成教団の迫害が生ずるのはいうまでもない成行きであった。また鎌倉政庁の耳目を聳動させたのももとよりのことであった。 法華経を広める者には必・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・高くは聖書のように、自分の体験した人間のたましいの深部をあまねく人類に宣伝的に感染させようとしたものから、哲学的の思索、科学的の研究、芸文的の制作、厚生実地上の試験から、近くは旅行記や、現地報告の類にいたるまで、ことごとく他人の心身の労作に・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 人間が読んで、殊に若い人たちが読んでいつまでも悪いことはない、きっとその心を素純にし、うるおわせ、まっすぐにものを追い求める感情を感染させるであろうと今でも私は思っている。 しかしいつまでも私に『出家とその弟子』のような作を書けと・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・女性は恋愛によって自分の産む子に遺伝し、感染させたいような諸特徴を持った男性を選ぶのである。この選択が無意識的になされるところに恋愛という本能のはたらきがあるのだ。しかしそれだからといって恋愛を母となるための手段と見るのはたりない。花は実を・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・彼等は鮮人に接近すると、汚い伝染病にでも感染するかのように、一間ばかり離れて、珍しそうに、水飴のように大地にへばりつこうとする老人を眺めた。「伍長殿。」剣鞘で老人の尻を叩いている男に、さきの一人が思い切った調子で云った。それは栗島だった・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と二人とも母が慄えるのに感染したかのようにぶる/\慄えだした。「知っているんだ、あの人は知ってるんだ?」里は思っていた。「何もかも知ってるんだ! どうしよう。……」 清吉は、これは自分がなんとか云ってやらなければいけない、と眼をつむ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 同時に海軍では聯合艦隊以下、多くの艦船を派出して、関西地方からどんどん食料や衛生材料なぞを運び、ひなん者の輸送をもあつかい出しました。 同日、摂政宮殿下からは、救護用として御内ど金一千万円をお下しになりました。食料品は鉄道なぞによ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫