・・・この天然と生命との機微を無視するキリスト教的、人道主義は、簡単に、一夫一婦の厳守を強制するのみで、その無理に気がつかない。それは夫婦というものが、人間という生きもののかりのきめであることを忘れるからである。この天与の性的要求の自由性と、人間・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ それにもまして美しい、私の感嘆してやまない消息は新尼御前への返書として、故郷の父母の追憶を述べた文字である。「海苔一ふくろ送り給ひ畢んぬ。……峰に上りてわかめや生ひたると見候へば、さにてはなくて蕨のみ並び立ちたり。谷に下りて、あま・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ この頃好景気のある船会社の船長の細君は、外米は鶏の餌に呉れてやっている、これは最も簡単な方法だが誰れにでも出来る方法ではない。新潟では米を家畜の飼料にしたというが、勿体ない話だが、新潟の農民が自分の田で作った米と、私の地方の農民が、金・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・と云ったその言葉は極めて簡単であったが、打水の涼しげな庭の景色を見て感謝の意を含めたような口調であった。主人はさもさも甘そうに一口啜って猪口を下に置き、「何、疲労るというまでのことも無いのさ。かえって程好い運動になって身体の薬になる・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のごとく、焚死しても快川国師のごとく、震死しても藤田東湖のごとくであれば、不自然の死も、かえって感嘆すべきではないか。あるいは道のために・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・死しても、正岡子規君や清沢満之君の如く、餓死しても伯夷や杜少陵の如く、凍死しても深艸少将の如く、溺死しても佐久間艇長の如く、焚死しても快川国師の如く、震死しても藤田東湖の如くならば、不自然の死も却って感嘆すべきではない歟、或は道の為めに、或・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・新しいメンバーがはいってくると、簡単な自己紹介があった。――ある時、四十位の女の人が新しくはいってきた。班の責任者が、「中山さんのお母さんです。中山さんはとう/\今度市ヶ谷に廻ってしまったんです。」 といって、紹介した。 中山の・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 外国の旅の経験から、私も簡単な下宿生活に慣れて来た。それを私は愛宕下の宿屋に応用したのだ。自分の身のまわりのことはなるべく人手を借りずに。そればかりでなく、子供にあてがう菓子も自分で町へ買いに出たし、子供の着物も自分で畳んだ。 こ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そのほうが簡単でいいわ。」「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」 私は立上って、電燈のスイッチをひねった。つかない。「停電ですの。」 とキクちゃんが小声で言った。 私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのか・・・ 太宰治 「朝」
・・・ と皆々あきれ、かつは感嘆した。 この時の異様な酒宴に於いて、最も泥酔し、最も見事な醜態を演じた人は、実にわが友、伊馬春部君そのひとであった。あとで彼からの手紙に依ると、彼は私たちとわかれて、それから目がさめたところは路傍で、そうし・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫