・・・勿論その秘密のが、すぐ忌むべき姦通の二字を私の心に烙きつけたのは、御断りするまでもありますまい。が、もしそうだとすれば、なぜまたあの理想家の三浦ともあるものが、離婚を断行しないのでしょう。姦通の疑惑は抱いていても、その証拠がないからでしょう・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・私の同僚の一人は故に大きな声を出して、新聞に出ている姦通事件を、私の前で喋々して聞かせました。私の先輩の一人は、私に手紙をよこして、妻の不品行を諷すると同時に、それとなく離婚を勧めてくれました。それからまた、私の教えている学生は、私の講義を・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・爾来諸君はこの農場を貫通する川の沿岸に堀立小屋を営み、あらゆる艱難と戦って、この土地を開拓し、ついに今日のような美しい農作地を見るに至りました。もとより開墾の初期に草分けとしてはいった数人の人は、今は一人も残ってはいませんが、その後毎年はい・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・今日の小説や詩や歌のほとんどすべてが女郎買、淫売買、ないし野合、姦通の記録であるのはけっして偶然ではない。しかも我々の父兄にはこれを攻撃する権利はないのである。なぜなれば、すべてこれらは国法によって公認、もしくはなかば公認されているところで・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 五「ええ、その時、この、村方で、不思議千万な、色出入り、――変な姦通事件がございました。 村入りの雁股と申す処に(代官婆という、庄屋のお婆さんと言えば、まだしおらしく聞こえますが、代官婆。……渾名で分かります・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「ま、姦通め。ううむ、おどれ等。」「北国一だ。……危えよ。」 殺した声と、呻く声で、どたばた、どしんと音がすると、万歳と、向二階で喝采、ともろ声に喚いたのとほとんど一所に、赤い電燈が、蒟蒻のようにぶるぶると震えて点いた。・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・十四箇所の貫通創を受けた。『軍曹どの、やられました!』『砲弾か小銃弾か?』『穴は大きい』『じゃア、後方にさがれ!』『かしこまりました!』て一心に僕は駆け出したんやだど倒れて夢中になった。気がついて見たら『しっかりせい、し・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・大腿の貫通銃創だ。「看護長殿、大西、なんぼ貰えます?」「踵を一寸やられた位で呉れるもんか。」「貰わにゃ引き合いません。」 負傷者は、それ/″\、自分が何項症に属するか、看護長に訊ねるのであった。何項症であるか、それによって恩・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿った穴にボルトを差込むとそれが土台の金具を貫通して、それで柱の浮上がるのを止めると・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 宇宙のどこの果てからとも知れず、肉眼にも顕微鏡にも見えない微粒子のようなものが飛んで来て、それが地球上のあらゆるものを射撃し貫通しているのに、われわれ愚かなる人間は近ごろまでそういうものの存在を夢にも知らないでいたのである。その存在を・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
出典:青空文庫