・・・新聞は、群集した区民に向って、気前よく米、麦、大豆、乾パン類を分配している光景のスナップを掲載した。 それはこの一月二十一日ごろのことであったと思うが、二十四日の新聞には、農林省で、米の強制供出案をもっていることと、警視庁が「板橋事件」・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・それは赤く塗ってあり、甲板に鉄格子が出来ている。追放や苦役に決った囚人がそこに入れられて輸送されているのであった。舳先に歩哨の銃剣が燭火のように光っている。艀舟の中は静寂で月の光が豊かに濯いでいる。ゴーリキイは、昼間の疲れと景色の美しさに恍・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 彼女は敦賀行汽船の最低甲板から海を眺めていた。海はあの埃をかぶったスレート屋根の色をしていた。タブ……タブ……物懶く海水が船腹にぶつかり、波間に蕪、木片、油がギラギラ浮いていた。彼方に、修繕で船体を朱色に塗りたくられた船が皮膚患者のよ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・小蒸汽はキュー植物園で一日暮したが帰るに自動車を持たぬロンドン人を甲板に並べた椅子に満載している。白い手袋をはめさせられた女の子が椅子の上で日曜着の膝に落ちた煤煙をふき払った。河上は風がある。ウェストミンスタア橋に近づくと、河の水からやっと・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫