・・・その袈裟の顔を見ると、今までに一度も見えなかった不思議な輝きが目に宿っている。姦婦――そう云う気が己はすぐにした。と同時に、失望に似た心もちが、急に己の目ろみの恐しさを、己の眼の前へ展げて見せた。その間も、あの女の淫りがましい、凋れた容色の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・妓に裏切られた時に完膚なきまでに傷ついた自尊心の悩みに駆りたてられていた。熱が七度五分ぐらいまでに下ると、いきなり寝床を飛びだし、お君の止めるのもきかず、外へ出た。谷町九丁目の坂道を降りて千日前へ出た。珍しく霧の深い夜で、盛り場の灯が空に赤・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ジュリアン・バンダがフランス本国から近著した雑誌で、ヴァレリイ、ジイド等の大家を完膚なきまでに否定している一方、ジャン・ポール・サルトルがエグジスタンシアリスムを提唱し、最近巴里で機関誌「現代」を発行し、巻頭に実存主義文学論を発表している。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・私は彼女に何の魅力も感じないどころか、万一まかり間違ってこの女と情事めいた関係に陥ったら、今は初々しくはにかんでいるこの女もたちまち悍婦に変じて私の自由を奪うだろうという殺風景な観察すら下していた。「恋の奴」「恋の虜」などという語があるが、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・彼女の男性嘲笑は、その結婚に依り、完膚無きまでに返報せられた。婚礼の祝宴の夜、アグリパイナは、その新郎の荒飲の果の思いつきに依り、新郎手飼の数匹の老猿をけしかけられ、饗筵につらなれる好色の酔客たちを狂喜させた。新郎の名は、ブラゼンバート。も・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ ここに於いて、かの落第生伊村君の説は、完膚無き迄に論破せられたわけである。伊村説は、徹頭徹尾誤謬であったという事が証明せられた。ウソであったのである。私は、サタンでなかったのである。へんな言いかたであるが、私は、サタンほど偉くはない。・・・ 太宰治 「誰」
・・・TulikTelicaTalangTaraweraTalasiquinTultulTurrialbaTjilering このほかにまだコマ・カンプ型、クジウ型およびイワウ型があるが・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・世間に言う姦婦とは多くは斯る醜界に出入し他の醜風に揉れたる者にして、其姦固より賤しむ可しと雖も、之を養成したる由来は家風に在りと言わざるを得ず。清浄無垢の家に生れて清浄無垢の父母に育てられ、長じて清浄無垢の男子と婚姻したる婦人に、不品行を犯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・「ウインザアの陽気な女房たち」「奸婦ならし」の闊達おてんばな女、ハムレットの不幸な愛人としてのオフェリアなど、千変万化の女性があらわれている。 ところで、きょう私たちがこのシェークスピアの有名な傑作「オセロ」をみると、その女主人公デスデ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 金銭争奪とブルジョア階級の資本の集積のためにとられる結婚制度から殖民政策に到るまでの諸手段とその過程を、バルザックは完膚なく文学に描き出し、その点では全くマルクスやエンゲルスにとってさえも有益で具体的な資料を与えた。然しながら、バルザ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫