・・・なんにもないと、がっかりした顔つきをしたり、ぐず/\云ったりした。「さあ/\、えいもんやるぞ。」 ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。「なに、お父う?」「えいもん・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・「えゝい。」がっかりしたような声でいって、藤二はなお緒を引っぱった。「そんなに引っぱったら緒が切れるがな。」「えゝい。皆のよれ短いんじゃもん!」「引っぱったって延びせん――そんなことしよったらうしろへころぶぞ!」「えゝい・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ 俺たちはがっかりしてしまった。「六号!」 その時、看守が大声で怒鳴った。 見付けられたな、と思った。俺はギョッとした。見付けられたとすれば、俺だけではない、これから入ってくる何百という人たちの、こッそり蔵いこんでいた楽しみが奪・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・彼はがっかりした。今晩はまただめになったと思った。 本屋を出たとき龍介は、ギョッとした。――恵子だ! 明るいところからなので、視覚がハッキリしなかった。が、電気のようにビリンとそういう衝撃が来た。龍介には見なおせなかった。見なおすよりま・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 次郎はがっかりしたように答えて、玄関の壁の上へ鳥打帽をかけた。私も冬の外套を脱いで置いて、借家さがしにくたぶれた目を自分の部屋の障子の外に移した。わずかばかりの庭も霜枯れて見えるほど、まだ春も浅かった。 私が早く自分の配偶者を失い・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ おげんはがっかりと窓際に腰掛けた。彼女は六十の歳になって浮浪を始めたような自己の姿を胸に描かずにはいられなかった。しかし自分の長い結婚生活が結局女の破産に終ったとは考えたくなかった。小山から縁談があって嫁いで来た若い娘の日から、すくな・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・男の子はすっかりあてがはずれたので、それこそ泣き出したいくらいにがっかりしました。 と、お家からおばさんが出て来ました。そして何かご用ですかと、やさしく聞いてくれました。男の子は、「私は、うちの後の岡の上から見える、このお家の金の窓・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・ ギンは、がっかりして、牛をつれてしおしおと家へかえりました。そして、母親にすべてのことを話しました。母親は女の言った言葉をいろいろに考えて、「やっぱり、かさかさのパンではいやなのだろう。今度は焼かないパンをもってお出でよ。」と、お・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・て、そうして夜網にひっかかったの、ぱくりと素早くたべるとか何とか言って、しまいには声をふるわせて、一丈の山椒魚を見たい、せめて六尺でもいい、それはどのように見事だろう、なんて言い出す始末なので、私は、がっかりした。先生も山椒魚の毒気にあてら・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑うせられ、おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。私はて・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫