・・・刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさを感じさせる、陰気なくらいけばけばしい、もう一つ形容すれば、どこか調子の狂った楽器の音を思い出させる、やはりあの時代ら・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・新前後の史料を研究かたがた、独りで京都へ遊びに来た。が、来て見ると、調べたい事もふえて来れば、行って見たい所もいろいろある。そこで何かと忙しい思をしている中に、いつか休暇も残少なになった。新学期の講義の始まるのにも、もうあまり時間はない。そ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・その両側にはいろいろな楽器を持った坊さんが、一列にずっと並んでいる。奥の方には、柩があるのであろう。夏目金之助之柩と書いた幡が、下のほうだけ見えている。うす暗いのと香の煙とで、そのほかは何があるのだかはっきりしない。ただ花輪の菊が、その中で・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ すると、向うの家の二階で、何だか楽器を弾き出した。始はマンドリンかと思ったが、中ごろから、赤木があれは琴だと道破した。僕は琴にしたくなかったから、いや二絃琴だよと異を樹てた。しばらくは琴だ二絃琴だと云って、喧嘩していたが、その中に楽器・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
一 中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、中でもいちばん大部・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・その又端巾は言い合せたように細かい花や楽器を散らした舶来のキャラコばかりだった。 或春先の日曜の午後、「初ちゃん」は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何と云う樹?」「どの樹?」「この莟のある樹。」・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・が、丹波先生は不相変勇壮に笑いながら、「何、たった一学期やそこいら、誰に教わったって同じ事さ。」「じゃ毛利先生は一学期だけしか御教えにならないんですか。」 この質問には丹波先生も、いささか急所をつかれた感があったらしい。世故に長・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ そこで、欄干を掻い擦った、この楽器に別れて、散策の畦を行く。 と蘆の中に池……というが、やがて十坪ばかりの窪地がある。汐が上げて来た時ばかり、水を湛えて、真水には干て了う。池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿に・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・それらの男は、楽器を鳴らしたり、歌をうたったりしました。娘らは、いずれも美しく着飾って、これまでになくきれいに見えました。そしてテーブルの上には、いろいろの花が咲き乱れているばかりでなく、桃色のランプの外に緑色のランプがともって、楽園にきた・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ なんでも、いろいろと先生に聞いてみると、その国は、もっとも開けて、このほかにもいい音のする楽器がたくさんあって、その国にはまた、よくその楽器を鳴らす、美しい人がいるということである。で、露子は、そんな国へいってみたいものだ。どんなに開・・・ 小川未明 「赤い船」
出典:青空文庫