・・・久保田君の主人公も、常にこの頑固さ加減を失う能わず。これ又チエホフの主人公と、面目を異にする所以なり。久保田君と君の主人公とは、撓めんと欲すれば撓むることを得れども、折ることは必しも容易ならざるもの、――たとえば、雪に伏せる竹と趣を一にすと・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固なのを嗤う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。だからこの書き物を私はお前たちにあてて書く。 お前たちは去年・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 小さい時には芝居そのほかの諸興行物に出入りすることはほとんどなかったと言っていいくらいで、今の普通の家庭では想像もできないほど頑固であった。男がみだりに笑ったり、口を利くものではないということが、父の教えた処世道徳の一つだった。もっと・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・と自分の胸を頑固な握拳でこツこツと叩いて見せる。 ト可愛らしく、口を結んだまま、ようようこの時頭を振った。「は、は、痛かあない、宜いな、嬉しいな、可し、可し、そりゃこうじゃて。お前、飛込んだ拍子に突然目でも廻したか、いや、水も少しば・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・この絢尭斎というは文雅風流を以て聞えた著名の殿様であったが、頗る頑固な旧弊人で、洋医の薬が大嫌いで毎日持薬に漢方薬を用いていた。この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・説家であって一向小説家らしくなかった人、政治家を志ざしながら少しも政治家らしくなかった人、実業家を希望しながら企業心に乏しく金の欲望に淡泊な人、謙遜なくせに頗る負け嫌いであった人、ドグマが嫌いなくせに頑固に独断に執着した人、更に最う一つ加え・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・京都は冬は底冷えし、夏は堪えられぬくらい暑くおまけに人間が薄情で、けちで、歯がゆいくらい引っ込み思案で、陰険で、頑固で結局景色と言葉の美しさだけと言った人があるくらい京都の、ことに女の言葉は音楽的でうっとりさせられてしまう。しかし、私は京都・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・という観念への挑戦が起り、頑固なる中世的な観念の鎧をたたきこわして、裸かの人間を描こうとし、まず肉体のデッサンがはじまる。しかし、現在書かれている肉体描写の文学は、西鶴の好色物が武家、僧侶、貴族階級の中世思想に反抗して興った新しい町人階級の・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・いわば坂田の将棋を見てくれという自信を凝り固めた頑固なまでに我の強い手であったのだ。大阪の人らしい茶目気や芝居気も現れている。近代将棋の合理的な理論よりも我流の融通無碍を信じ、それに頼り、それに憑かれるより外に自分を生かす道を知らなかった人・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・けに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機から雲梯をすべり落ちて、遂には男爵どころか県知事の椅子一にも有つき得ず、空しく故郷に引込んで老朽ちんとする人物も少くはない、こういう人物に限ぎって変物である、頑固である、片意地である、尊大である、富・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫