・・・我等の同胞の顔貌の中にはまたあらゆる人種の定型がそれぞれに標本的に洩れなく代表されているようである。 日本人が真に日本の土の中から生れ、日本の言語が全く独立に発生したと考えるのは、孑ぼうふらが水から発生すると考えるよりも一層非科学的であ・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・それが善い悪いは別として、そうしなければ大願望が成就しないことだけはたしかである。そういう「事実の方則」がこの書の到る処に強調されているのを見逃すことは出来ないのである。 かように、一方では遁世を勧めると同時に、また一方では俗人の処世の・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・抑圧された願望がめざめたのである。子供に勉強させるには片端から読み物に干渉して良書をなるべく見せないようにするのも一つの方法であるかもしれない。そうして読んでいけないと思う種類の書物を山積して毎日の日課として何十ページずつか読むように命令す・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・早婚な地方の世間ていもあるだろうが、何よりも早く倅の尻におもしをくっつけたい願望がろこつにでていた。「――牛は牛づれという。竹びしゃく作りには竹びしゃく作りの嫁があるというもんだ。たとい鼻ひくでも、めっかちでも……」 もうすわってい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 要するにただいま申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわちできるだけ労力を節約したいと云う願望から出て来る種々の発明とか器械力とか云う方面と、できるだけ気儘に勢力を費したいと云う娯楽の方面、これが経となり緯となり千変万化錯綜して現今の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・もちろん進化論者に云わせるとこの願望も長い間に馴致発展し来ったのだと幾分かその発展の順序を示す事ができるかも知れない。と云うものはそんな傾向をもっておらないようなもの、その傾向に応じて世の中に処して来なかったものは皆死んでしまったので、今残・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・この痛切な願望を、胸に抱かない一人の婦人もあり得まい。戦争をひきおこす日本の反動勢力を、私たちの社会から排除する、ということは、架空の道を通って実現することではない。今ここに提出されているいくつかの問題を、事実上私たちの発意と、集結された民・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・それは、一人一人のひとが、自分のまともに生きようとする願望について不屈であることである。過去の文学談では、こういう問題は、文学以前のことという風に扱われる習慣があった。いまでも、そういう流儀はのこっている。しかし、それは間違っている。 ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・社会生活そのものの成長のあらわれとして、友情の可能が見られるものである以上、この願望には個人のひそかな願い以上のものがあると思う。同時に、個人のひそかな願いだけでは解決されきれない要素もこもっているということになるのである。 これは・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ 近代の文化は解放された人としての女性に、箇性の尊重と、人格完成の願望とを自覚させた。無論は、女性が昔の偏狭な、恥辱的な性的差別に支配、圧迫された生活から脱して、一箇の尊敬すべき独立的人格者として生活すべき事を他人にも我にも承認させた。・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫