・・・一九三二年から四〇年いっぱいといえば八年の年月だが、その間には一九三八年から翌年の初夏までつづいた作品の発表禁止の期間がはさまり、通算六百日ばかりの拘禁生活の期間がある。ここに集められている評論、伝記は主として一九三七年一九三九、四〇年にか・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・あとの九年という歳月は、拘禁生活か、あるいは十三年度の一年半、十六年一月から治安維持法撤廃までの執筆禁止の長い期間にあたっている。 公衆の面前で、一定の人間を、これでもか、これでもか、というふうにあつかったことは、直接そういう目にあうも・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ ある洋服屋の娘さんの書いた文章には、まだ年期の切れない弟子の一人が出征したので、その留守の間は娘さんも家業を手つだっていたところその弟子が無事帰還した。まずこれでよいと一安心する間もなく、その弟子が年期をそのまま東京へ出てしまった。そ・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・時が経てば帰還後の生活の荒い波で、せっかくあざやかだった記憶が散乱してしまっては残念です。まず手はじめに、シベリヤ生活のなかであなたが経験された「創作コンクール」はどんな風にして行われ、当選作品はどんな風にしてみんなに発表され、よまれ、批評・・・ 宮本百合子 「結論をいそがないで」
・・・それらの人たちは、いま日本の民主革命の中にその精神において帰還している。野間宏が、ジイドやヴァレリーの言葉からぬけでて――ヨーロッパ的小説作法を、日本の民主革命の課題にそった人民の言葉で人民の生活を描こうとしている昨今の試みは、すべての人に・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 文学の文学らしさを求めるこの郷愁は、素材主義的な長篇に対置した希望で短篇小説に眼を向けさせ、岡田三郎の伸六という帰還兵を主人公とする連作短篇なども現れた。また十四年度に著しい現象とされた婦人作家の作品への好意と興味とも、一面ではそこに・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・自分を死んだものとして無責任に片づけ、而も如何にも儀式ばった形式で英霊の帰還だとか靖国神社への合祀だとか、心からその人の死を哀しむ親や兄弟或いは妻子までを、喪服を着せて動員し、在郷軍人は列をつくり、天皇の親拝と大きく写真まで撮られたその自分・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 火野葦平は、帰って来たときすぐ朝日新聞に「帰還兵の言葉」というものを発表した。そのなかに、あちらにいたときは物資が欠乏しているということを頻りにきかされていたところ、帰って見たら物資は店頭にあふれていて、これでこそ興亜の大業に進む国の・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・通信はやかましく検閲され、帰還するとき日記をつけていたものはとり上げられて焼かれた。今日、わたし共は、愛する若者たちの命によって書かれた只一冊の「戦没学生の手紙」さえも持ち得ないのである。 この事実は、死なされた人々の問題ではない。生き・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ 政府がそこをめざした論より証拠は、こんどの帰還者を迎える準備として『国のあゆみ』『民主主義』を数万部増刷したということは発表したが、どこの誰も、ただのひとことも、引揚者の就職は保証されているとは云わなかった。肉親の顔がみられるうれしさ・・・ 宮本百合子 「肉親」
出典:青空文庫