・・・陛下の天覧が機会となって伊井公侯の提撕に生じたのだから、社会的には今日の新劇運動よりも一層大仕掛けであって、有力なる縉紳貴女を初め道学先生や教育家までが尽く参加した。当時の大官貴紳は今の政友会や憲政会の大臣よりも遥に芸術的理解に富んでいた。・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・僕は母の前に座るや、『貴女は私を離婚すると里子に言ったそうですが、其理由を聞きましょう。離婚するなら仕ても私は平気です。或は寧ろ私の望む処で御座います。けれども理由を被仰い、是非其の理由を聞きましょう。』と酔に任せて詰寄りました。すると・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ その時、神崎様が巻煙草の灰を掌にのせて、この灰が貴女には妙と見えませんかと聞くから、私は何でもないというと、だから貴女は駄目だ、凡そ宇宙の物、森羅万象、妙ならざるはなく、石も木もこの灰とても面白からざるはなし、それを左様思わないのは科学の・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・「母上さん、そりゃア貴女軍人が一番お好きでしょうよ」とじろりその横顔を見てやる。母のことだから、「オヤ異なことを言うね、も一度言って御覧」と眼を釣上げて詰寄るだろう。「御気に触わったら御勘弁。一ツ差上げましょう」と杯を奉まつる。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・があり、「鬼女」「淫女」等がこれに次ぎ、「淑女」「貴婦人」「童女」「天女」等とさかのぼり、最高の段階に聖母が位した。そして種々の聖母像の中で、どの聖母が最も美しいかを定めようとして、ついにファン・エックの聖母と、デューラーの聖母とが残り、こ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・に腕を巻きつけて、「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私を確かり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて下さい」と云いでもするように。 カルカッタの家に着いて・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼女とのつかみ合いの形に似たる浮気であって、私自身、何のたのしいところも無いのである。また、そのような私の遊びの相手になって、私の饗応を受ける知人たちも、ただは・・・ 太宰治 「父」
・・・「貴女のうちは遠くて、通いがたいへんでしょう」 彼女の幻影をとりとめようとして、三吉がそんなことをいった。いいながら案外平気でいっている自分を淋しく感じている。「ええ、でも田甫道あるいていると、作歌ができまして――」「サクカ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・の膝が前へせり出していてはまずいし雨のふる時などはなさけない金を出して馬車などを驕らねばならないし、それはそれは気骨が折れる、金がいる、時間が費える、真平だが仕方がない、たまにはこんな酔興な貴女があるんだから行かなければ義理がわるい、困った・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・『若子さん、大層な人ですこと。貴女の御兄さんが御着きなさっても、御目に掛れるでしょうか知ら。』『私何したッても、何様酷い目に会っても、兄さんに御目に掛ってよ。』『私もそうよ。久振りで御目に掛るんですもの。』『あらいやだ。』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫