・・・王侯貴人の像をイジくるよりか、それはわが党の『加と男』のために、じゃアない、ためにじゃアない、「加と男」をだ、……をだをだ、……。だから承知しましたよ。承知の助だ。加と公の半身像なんぞ、目をつぶってもできる。これは面黒い。ぜひやってみましょ・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・さりとて偏物でもなく、奇人でもない。非凡なる凡人というが最も適評かと僕は思っている。 僕は知れば知るほどこの男に感心せざるを得ないのである。感心するといったところで、秀吉とか、ナポレオンとかそのほかの天才に感心するのとは異うので、この種・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか。」 ここまで説かれて、若崎は言葉も出せなくなった。何の道にも苦みはある。なるほど木理は意外の業をする。それで古来木理の無いような、粘りの多い材、白檀、赤檀の類を用いて彫刻するが・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・伐墓という語は支那には古い言葉で、昔から無法者が貴人などの墓を掘った。今存している三略は張良の墓を掘って彼が黄石公から頂戴したものをアップしたという伝説だが、三略はそうして世に出たものではない。全く偽物だ。しかし古い立派な人の墓を掘ることは・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・祇尼は保食神どころではない、本来餓鬼のようなもので、死人の心をかんしょくしたがっている者なのであるが、他の大鬼神に敵わないので、六ヶ月前に人の死を知り、先取権を確立するものであり、なかなか御稲荷様のような福ふくふくしいものではないのである。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・でも面白い気象の人で、近在へでも行くと、薬代が無けりゃ畠の物でも何でも可いや、葱が出来たら提げて来い位に言うものですから、百姓仲間には受が好い。奇人ですネ」 そういう学士も維新の戦争に出た経歴のある人で、十九歳で初陣をした話がよく出る。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・老博士も、やはり世に容れられず、奇人よ、変人よ、と近所のひとたちに言われて、ときどきは、流石に侘びしく、今夜もひとり、ステッキ持って新宿へ散歩に出ました。夏のころの、これは、お話でございます。新宿は、たいへんな人出でございます。博士は、よれ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・世の中から変人とか奇人などといわれている人間は、案外気の弱い度胸のない、そういう人が自分を護るための擬装をしているのが多いのではないかと思われます。やはり生活に対して自信のなさから出ているのではないでしょうか。 私は自分を変人とも、変っ・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・ただ畸人としてのS先生の奇行を想い浮べて笑われたのだろうというくらいにしか思っていなかった。 それから永い年月が経った。夏目先生が亡くなられて後、先生に関する諸家の想い出話や何かが色々の雑誌を賑わしていた頃であったと思うが、ある日思いが・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・天下の奇人で金をたくさん持っていてそうして百年後の日本を思う人でも捜して歩くほかはない。 汽車が東京へはいって高架線にかかると美しい光の海が眼下に波立っている。七年前のすさまじい焼け野原も「百年後」の恐ろしい破壊の荒野も知らず顔に、昭和・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫