・・・喜憂栄辱は常に心事に従て変化するものにして、その大に変ずるに至ては、昨日の栄として喜びしものも、今日は辱としてこれを憂ることあり。学校の教は人の心事を高尚遠大にして事物の比較をなし、事変の原因と結果とを求めしむるものなれば、一聞一見も人の心・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・し、その敵の中に謀臣ありて平和の説を唱え、たとい弐心を抱かざるも味方に利するところあれば、その時にはこれを奇貨として私にその人を厚遇すれども、干戈すでに収まりて戦勝の主領が社会の秩序を重んじ、新政府の基礎を固くして百年の計をなすに当りては、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠い所にまだ夢にも知らぬ不思議の生活があって、限無き意味を持っている形式に現われているのが、鐘の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・老爺生長在江辺、不愛交遊只愛銭、と歌い出した。昨夜華光来趁我、臨行奪下一金磚、と歌いきって櫓を放した。それから船頭が、板刀麺が喰いたいか、飩が喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江を嚇す処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」「家じゃない山だ」「昨日はなかったぞ」「兵隊さんにきいてみよう」「よし」 二疋の蟻は走ります。「兵隊さん、あすこにあるのなに?」「なんだうるさい、帰れ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・「偽だとお考えになるならどこなりとお探しくださればわかります。」「さがすさがさんはこっちの考えだ。お前がかくしたろう。」「知りません。」「起訴するぞ。」「どうでも。」二人は顔を見合せました。「では訊ねるが君はどういう・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 彼等は昨夜、二時過ぎまで起きて騒いでいた。十時過ぎ目をさますと、ふき子は、「岡本さん、おひる、何にしましょう、海老のフライどう?」 話し声が、彼等のいるところまで響いた。「フライ、フライ!」 悌が最も素直に一同の希望を・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 年とったひとのためには、ただ若い華やぎとうつる青春の生活の基礎に健全なこういう種類の友だち、仲間、協力者としての異性の関係が成長していることを周囲にわからせようとしている。ところで、本当に人間らしい関係に立って男女が協力し合うというこ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・として、過失致死罪として起訴した。殺人電車、赤ちゃん窒息という見出しで新聞はこの事件を報じた。そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・檄はマルクスと二人の同志とを叛逆罪として起訴する種に使われた。公判の結果、一同無罪となった。 これはイエニーにとって貴重な経験であった。良人カールとその同志たちの行動は「実に犯してよい行動、本来からいえばブルジョアジーの果すべき義務であ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫