・・・殊にテオドラ嬢の父は元老院議官であったが、英国のセネートアの堂々たる生活ぶりから期待したとは打って変った見窶らしい生活が意に満たないで、不満のある度に一々英国公使に訴え、公使がまた一々取次いで外相井侯に苦情を持込むので、テオドラ嬢の父は事毎・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・しかしその程度に達すればかえってこれを妨ぐるものである、との奇態なる植物学上の事実が、ダルガス父子によって発見せられたのであります。しかもこの発見はデンマーク国の開発にとりては実に絶大なる発見でありました、これによってユトランドの荒地挽回の・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・と、いうような、情味のない返事であったら、その言葉は、子供の期待にそむいて、いかなる感銘を与えるであろうか。それを思えば、お母さんは、機嫌買であってはならぬのです。子供は、いつも真剣であるのだから、子供の期待にそむかぬようにするのが、実に母・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 思うに、このことは、たゞ児童等の反省と自治的精神によってのみ、その結果が期待されるものと信じます。そして、かゝる情操の素因をつくるものこそ、実に文芸の使命であり、人格的教育のたまものと考えています。殊に、文芸の必要なるべきは、少年・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 学生時代に、その講義を聴いた小泉八雲氏は、稀代な名文家として知られていますが、たとえば、夏の夜の描写になると、殆んど、熱した空気が、肌に触れるようにまた、氏の好めるやさしい女性が、さゝやく時には、その息が、自分の顔にまで、かゝるように・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・前日の軽はずみをいささか後悔していた紀代子は、もう今日は相手にすまいと思ったが、しかし今日こそ存分にきめつけてやろうという期待に負けて、並んで歩いた。そして、結局は昨日に比べてはるかに傲慢な豹一に呆れてしまった。彼女の傲慢さの上を行くほどだ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ ちかごろヴィタミンCやBの売薬を何となく愛用している私は、いもりの黒焼の効能なぞには自然疑いをもつのであるが、けれども仲の悪い夫婦のような場合は、効能が現われるという信念なり期待なりを持っていると、つい相手の何でもない素振りが自分に惚・・・ 織田作之助 「大阪発見」
小は大道易者から大はイエスキリストに到るまで予言者の数はまことに多いが、稀代の予言狂乃至予言魔といえば、そうざらにいるわけではない。まず日本でいえば大本教の出口王仁三郎などは、少数の予言狂、予言魔のうちの一人であろう。 まこと・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・で情夫の石田吉蔵を殺害して、その肉体の一部を斬り取って逃亡したという稀代の妖婦の情痴事件が世をさわがせたのは、たしか昭和十一年五月であったが、丁度その頃私はカフェ美人座の照井静子という女に、二十四歳の年少多感の胸を焦がしていた。 美人座・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 彼の期待は外れて、横井は警官の説諭めいた調子で斯う繰り返した。「そうかなあ……」「そりゃそうとも。……では大抵署に居るからね、遊びに来給え」「そうか。ではいずれ引越したらお知らせする」 斯う云って、彼は張合い抜けのした・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫