・・・そうして、その序に、当時西丸にいた、若年寄の板倉佐渡守を訪うて、帰宅した。が、別に殿中では、何も粗そそうをしなかったらしい。宇左衛門は、始めて、愁眉を開く事が出来るような心もちがした。 しかし、彼の悦びは、その日一日だけも、続かなかった・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 縦通りを真直ぐに、中六を突切って、左へ――女子学院の塀に添って、あれから、帰宅の途を、再び中六へ向って、順に引返すと、また向うから、容子といい、顔立もおなじような――これは島田髷の娘さんであった――十八九のが行違った。「そっくりね・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ いつも変らぬことながら、お通は追懐の涙を灌ぎ、花を手向けて香を燻じ、いますが如く斉眉きて一時余も物語りて、帰宅の道は暗うなりぬ。 急足に黒壁さして立戻る、十間ばかり間を置きて、背後よりぬき足さし足、密に歩を運ぶはかの乞食僧なり。渠・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・乱筆御用捨三十日斎藤内田様コウ書イタママデ電車ニ飛乗リマシタノデ、今日マデ机ノ上ニ逗留シテオリマシタ、昨夜帰宅イタシマシタバカリデ今マタ東京へ立チマスノデ書直スヒマガアリマセヌ、ナゼソンナニアワテルカトオ思召シマショウガ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そうするとある日、僕が学校から帰宅って見ると、今井の叔父さんが来ていて父上も奥の座敷で何か話をしてござった。その夜、おとっさんとおっかさんが大変まじめな顔をして兄さんと何かこそこそ相談をしたようであった。 そして僕は今井に養子にもらわれ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・助を寝かし着けてそのまま横になって自分の帰宅を待ちあぐんでいたのである。「如何がでした」と自分の顔を見るや。「取り返して来た!」と問われて直ぐ。 この答も我知らず出たので、嘘を吐く気もなく吐いたのである。 既にこうなれば自分・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 午後三時過ぎて下町行の一行はぞろぞろ帰宅って来た。一同が茶の間に集まってがやがやと今日の見聞を今一度繰返して話合うのであった。お清は勿論、真蔵も引出されて相槌を打って聞かなければならない。礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「私唯だ倉蔵これを急いで村長の処へ持て行けと命令りましたからその手紙を村長さん処へ持て行って帰宅てみると最早仕度が出来ていて、私直ぐ停車場まで送って今帰った処じゃがの、何知るもんかヨ」「フーン」と校長考えていたが「何日頃帰国ると言わ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ この時孫娘は再び老人の袖を引いて帰宅を促した。老先生は静かに起ちあがりさま『お前そんな生意気なことを言うものでない、益になるところとならぬところが少年の頭でわかると思うか、今夜宅へおいで、いろいろ話して聞かすから』と言い捨てて孫娘と共・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・ 途上種々の話で吾々二人は夕暮に帰宅し、その後僕は毎日のように桂に遇って互いに将来の大望を語りあった。冬期休暇が終りいよいよ僕は中学校の寄宿舎に帰るべく故郷を出立する前の晩、正作が訪ねてきた。そしていうには今度会うのは東京だろう。三四年・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
出典:青空文庫