・・・それほど、風雨はきついのである。あるときはちりぢりとなって、あるときは獄の内外に、あるときは一つ屋根の下に、それぞれの活動に応じ千変万化の必要な形をとりつつ階級の歴史とともにその幸福の可能性をも増大させつつ進んでゆく一貫性は、もはや単に希望・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ ――ここは風がきついから寒いんです。 やっと赤帽をつかまえ、少しずつ運んで貨物置場みたいなところへ行った。 ――どこへ行くんですか? ――日本の汽船へのるんだけれども、波止場は? あなた運んでは呉れないのか? 麻の大前・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 徳田さんのもっている色調はきついチョコレートがかった茶色であり、それに漆がかっているような艷がある。風化作用に対して、いかにも抵抗力のきつい感じである。若さは、この人物のうちにあって、瑞々しいというようなものではなく、もっと熱気がつよ・・・ 宮本百合子 「熱き茶色」
・・・旧いブルジョア文学にはあき足らず、しかし、無産派文学には共感のもてない小市民的要素のきつい若い作家たちが、新感覚派や新興文学派のグループにかたまった。 文学におけるリアリズムの歴史としてみれば、この時代から、日本のブルジョア・リアリズム・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・ 厚くしかれた河原の青葦は、むんむんと水気を蒸発させ、葦が乾いて段々枯れてゆくきつい香りを放散させ、わたしは目がくらみそうだった。それでも八月の二十日すぎて東京へかえるとき「古き小画」は出来あがった。「古き小画」は宮原晃一郎氏を通じ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ ところが二日ばかりすると、雨の日になった。きつい雨で、見ていると大事な空地の花壇の青紫蘇がぴしぴし雨脚に打たれて撓う。そればかりか、力ある波紋を描きつつはけ道のない雨水が遂にその空地全体を池のようにしてしまった。こんもり高くして置いた・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 卓抜な芸術家は人間的磁力がきついものである。家庭のまわりのものに影響の及ぼさぬ程の熱気とぼしい存在で、巨大な芸術的天分を発揮し得よう筈はなく、それらの人々の子は誇りをもって父を語ることこそ自然である。だが私は、最も人間性の発展、独自性・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・風のきつい日に、莢の実が梢の高いところでなる音をきいたりした。竹垣が低くその下をめぐっていて、赤い細い虫の湧くおはぐろどぶがあった。うちの垣根は表も裏もからたちの生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。 裏通りは藤堂さんの森・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・馬が足をすべらすほど傾斜のきつい、せまい団子坂の三分の一ばかり下って、人々の足もとがいくらか楽になったところの左側に一二軒、右側に三軒ばかり菊人形の店が出来た。葭簀ばりの入口に、台があって、角力の出方のように派手なたっつけ袴、大紋つきの男が・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・を読み、私は鼻の奥のところに何ともいえぬきつい苦痛な酸性の刺戟を感じた。昔の人は酸鼻という熟語でこの感覚を表現した。更に「地底の墓」「落日の饗宴」とを読み、いくつかの「新人論」を瞥見し、私は、文学に、何ぞこの封建風な徒弟気質ぞ、と感じ、更に・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
出典:青空文庫