・・・食事をしながらも低声で談話は進行していたが、今までとちがって話が急に何か知らないがまじめな軌道へはいり込んだかのように見えた。 食事のあとでりんごか何か食っていたようであったが、とにかく三人のムードが、食前とはすっかり一変して、なんとな・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ただいちばん面食らわされるのは、東京付近などで年々新しく開設される電鉄軌道や自動車道路がその都度記入されていないことだけである。 東京付近へドライヴに出るとき気のついたことは、たいていの運転手が陸地測量部地形図を利用しないでかえって坊間・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・重力の方則は海王星の軌道以内には適用されるが、固体分子間の距離においても同様であろうか。この距離においては吾人は種々の場合に別の方則に従う凝集力を考えたくなる。この凝集力と重力とは如何なる関係があるだろうか。荷電導体内部における電場の零なる・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・それは作物自身が読者の心理過程の軌道を明確に指定しているからである。言わば電車や汽車のレールのようなものである。これに反して連句の場合は、言わば町から町、宿場から宿場への旅の道筋を与えられないで、ただ出発点と到着点とを指定されるだけである。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来へあがってみると、高台の方には、単調な松原のなかに、別荘や病院のあるのが目につくだけで、鉄拐ヶ峰や一の谷もつまらなかった。私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
昨日は失敬。こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯において未曾有の珍象ですが、私が、私に固有な因循極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際をするのは全くあなたのせいですよ。それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・電車の軌道は誰が敷いたかと考える必要はないが、芸術家のものでは、誰が作ったということがじき問題になる。従って製作品に対する情緒がこれにうつって行って、作物に対する好悪の念が作家にうつって行く。なおひろがって作家自身の好悪となり、結局道徳的の・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・道は軌道に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い口碑のことを考えていた。概して文化の程度が低く、原始民族の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・旗は、よろこびと幸福とへ向って生活の軌道を切りかえる親切と勇気にみちた信号合図の旗として、かざされ、振られなければならない。嬉々とした人生の建設のために構図し、労作する、その高き旗じるしとして、婦人の大集団の上に、勇敢に、はためかなければな・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・継承して兵站線の尾を蜒々と地上にひっぱり、しかもそれに加えて傷病兵の一群をまもり、さらに惨苦の行動を行っているのにくらべて、アメリカの近代科学性は、航空力によって天と地との間に立体的桶をつくり、立体的機動性をもって敏速に、生命の最小犠牲で戦・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
出典:青空文庫