・・・ちょうどホテルの給仕などの長靴を持って来るのと同じことである。半三郎は逃げようとした。しかし両脚のない悲しさには容易に腰を上げることも出来ない。そのうちに下役は彼の側へ来ると、白靴や靴下を外し出した。「それはいけない。馬の脚だけはよして・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかし今日はいつもよりは、一層二人とも口が重かった。給仕の美津も無言のまま、盆をさし出すばかりだった。「今日は慎太郎が帰って来るかな。」 賢造は返事を予期するように、ちらりと洋一の顔を眺めた。が、洋一は黙っていた。兄が今日帰るか帰ら・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・すぐ、おかみさんが、つッと出て、お給仕料は、お極りだけ御勘定の中に頂いてありますから。……これでは、玉の手を握ろう、紅の袴を引こうと、乗出し、泳上る自信の輩の頭を、幣結うた榊をもって、そのあしきを払うようなものである。 いわんや、銑吉の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――酒は、宵の、膳の三本めの銚子が、給仕は遁げたし、一人では詰らないから、寝しなに呷ろうと思って、それにも及ばず、ぐっすり寐込んだのが、そのまま袋戸棚の上に忍ばしてある事を思い出したし、……またそうも言った。――お澄が念のため時間を訊いた時・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 僕が昼飯を喰っている時、吉弥は僕のところへやって来て、飯の給仕をしてくれながら太い指にきらめいている宝石入りの指輪を嬉しそうにいじくっていた。「どうしたんだ?」僕はいぶかった。「人質に取ってやったの」「おッ母さんの手紙がば・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・社では小使給仕までが有頂天だ。号外が最う刷れてるんだが、海軍省が沈黙しているから出す事が出来んで焦り焦りしている。尤も今日は多分夕方までには発表するだろうと思うが、近所まで用達しに来たから内々密と洩らしに来た。」と、いつも沈着いてる男が・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・英人のホームを見馴れた眼には一家の夫人ともあろうものが酒飯の給仕をしたり、普通の侍婢と見えない婦人が正夫人と同住している日本の家庭が不思議でもありまた不愉快で堪らなかったそうだ。殊にテオドラ嬢の父は元老院議官であったが、英国のセネートアの堂・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 電燈をつけて、給仕なしの夕飯をぽつねんと食べていると、ふと昨夜の蜘蛛が眼にはいった。今日も同じ襖の上に蠢いているのだった。 翌朝、散歩していると、いきなり背後から呼びとめられた。 振り向くと隣室の女がひとりで大股にやって来るの・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだった。自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新聞記者になれるのだと喜んでいたのに、自転車であちこちの記者クラブへ原稿を取りに走るだけの芸だった。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 彼は給仕女の方に向いて、斯う機械的に叫んだ。「お父さん、僕エダマメを喰べようかな」 しばらくすると、長男はまた云った。「よし/\、エダマメ二――それからお銚子……」 彼はやはり同じ調子で叫んだ。 やがて食い足った子・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫